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「10年ぶり日本買い」にワナ

「もちろん、これからも日本での投資を増やす」。先週、東京を訪れていたキャサリン・マッカーシー氏は強気を隠さなかった。米大手投資会社ブラックストーン・グループで、預かり資産3200億ドル(約46兆円)を誇る不動産投資部門を率いる人物だ。

同社は日本でも1兆円以上の不動産を持つ。2021年は近鉄グループホールディングス(GHD)から都ホテル京都八条(京都市)などホテル8施設を約600億円で買収し話題をさらったが、賃貸マンションやオフィスビル、データセンターにも投資する。

同氏のような強気は珍しくない。ドイチェ・アセット・マネジメントで不動産投資を担当する小夫孝一郎氏は、顧客の外国人投資家の訪問を連日受け、日本の解説に忙殺される。「こんな熱気はアベノミクス以来だ」という。

安倍晋三政権での金融緩和への期待で株価が急騰、外国マネーが押し寄せた「アベノミクス相場」は12年11月に始まった。10年ぶりの日本買いは、21年は120億ドルにとどまった国内向けの不動産投資額を押し上げるだろう。

 

 

 

外国人が日本に目をつけるのはなぜか。投資家は不動産の期待収益を、投資利回りから資金の調達コストである長期金利を差し引いた「イールドスプレッド」で測る。この値が22年、主要国で日本だけ拡大しているのだ。

先週の政策決定が裏付けたとおり、利上げを急ぐ米国などと異なり、日銀が長期金利を抑え込んでいるのが原因だ。円安で日本の物件は外国から割安にも見える。円安に魅せられて外国人の観光客が増えればホテルの価値も高まる。

景気のいい話に聞こえるが、ワナがある。外国マネーが日本に関心を寄せるのは、日本経済が強いからでなく弱いからだ。日銀が景気の悪化を気にして金利を上げられないのも、その結果である円安も、日本のもろさを表す。

新型コロナ、ウクライナ、インフレ……世界が激動するなかで、世界のマネーが選んだのは米国だった。積極的に利上げができるほど米国が強いからだ。

ダウ工業株30種平均は23日、景気後退への懸念が強まり年初来安値を更新した。ところが世界の主要な株価指数をドル建てで比べると、米国は中国、日本、欧州を抑えて一人勝ちだ。

マネーの流れもこれを裏付ける。ダウ平均が11%下げた4~6月ですら、外国人は年換算で9千億ドル以上も米国株を買い越した。リフィニティブ・リッパーによると、米国株に投資する世界の投資信託には今年、8月までで522億ドルが流入した。米国以外の株に投資する投信に流入した規模の6倍に当たる。

 

 

 

市場には「汚くても1番きれいなシャツ(cleanest dirty shirt)」という言い方がある。世界全体が逆風にまみれる中で底力が注目され、選ばれたのが米国だ。

企業という経済のエンジンが活躍できる国だからでもある。米国は企業の投資先としての地位を確立している。米コンサルティング会社A.T.カーニーが世界の経営者への調査を基に毎年作成する「海外直接投資信頼度ランキング」によると、大きく入れ替わる2位以下をよそに米国が13年以来10年連続で首位を独走している。

長期的には企業が存分にアニマルスピリッツを発揮して成長し、税収が増えて財政も安定する。こんなストーリーが描けるからこそ世界が不安になっても海外からマネーを引き寄せ、ドルの独歩高につながったと見るべきだ。

日本に来る不動産マネーも、企業の成長を支えれば、外国人投資家の関心は不動産以外に広がっていく。アベノミクス相場が一服した15年以降、外国人はほぼ一貫して日本株を手放した。買いが復活するきっかけにもなりえる。

 

 

 

日本にもアニマルスピリッツはある。東京の電気街・秋葉原に、プログラミングコンテストの入賞経験者らが活躍する企業がある。人工知能(AI)で企業を支援するアルゴ・アーティス。20日、東北電力が石炭を外国の購入先から火力発電所に届けるまでの配船計画を見直し、年間数億円のコストを削減できると発表した。

ディー・エヌ・エー(DeNA)で社内起業したが、21年独立した。興味深いことに、アルゴ・アーティスに業務効率化を相談する企業には、電力に加え鉄鋼や商社など株価が長期低迷する業種が目立つ。「企業も変わる必要性を分かっている」。宇宙物理学の博士号も持つ永田健太郎社長は語る。

新規株式公開(IPO)ブームが去った今、スタートアップの資金調達は厳しい。だからこそ、不動産マネーが同社のような成長の担い手に向かえば生きる。

注目すべきは、不動産の売り手が売却資金をどう使うかだ。近鉄GHDはホテルをブラックストーンに売る一方、「空飛ぶクルマ」を開発するスカイドライブ(愛知県豊田市)に出資し、次世代の輸送やまちづくりを模索している。

政府・日銀が24年ぶりの円買い介入に追い込まれた。低金利と、それがもたらす円売り圧力。市場に浮かんだ「弱い日本」は、外国マネーを一段と日本の不動産買いに駆り立てるだろう。だがそれは、日本を立て直すシードマネー(創業資金)にもなる。生かすか死蔵するか、答えは明白だ。