消費国からの追加的な資金の移動は今後5年で1.4兆ドル(約200兆円)に達するとの試算もある。各国が脱石油改革に取り組むなかの石油ブームでは、マネーの還流も従来と異なる経路をたどる。
「昨年、500万ドルだった家がいま売れば800万ドル。一族の相続争いが避けられそうだ」(アラブ首長国連邦ドバイの建設関連の企業経営者)。不動産の供給過剰が不安視された一時の状況から一転し、中東の商業都市は石油ブームに沸く。
物価高騰に苦しむ世界の経済で、湾岸産油国は「一人勝ち」の地位を得た。背景は、気候変動を背景とする「脱炭素」と、ウクライナ侵攻を背景とする「脱ロシア」だ。
「脱炭素」へ株主の圧力を受けた欧米石油会社は化石燃料ビジネスから一斉に手を引いていた。新型コロナ危機からの回復に伴う需要を埋めることができるのは着実に投資を続けてきた湾岸アラブ産油国だけだ。
主要消費国は「脱ロシア」にも取り組む。プーチン大統領の強権支配を支え、武器の調達資金を絶とうと、ロシア産の石油・ガスの購入を制限する動きが広がる。

国際通貨基金(IMF)によると湾岸アラブ産油国の2022年の経常黒字は過去最高の4000億ドル超に達する見通しだ。ウクライナ侵攻で国際指標のブレント先物価格は一時1バレル100ドルを大きく上回った。
こうした原油高が今後4、5年続くと「中東産油国、特に湾岸協力会議(GCC)加盟6カ国で1兆~1.4兆ドルの追加収入を得るだろう」とIMFのエコノミスト、ジハド・アズール氏は指摘する。これは6カ国の今年の国内総生産(GDP)合計約2.1兆ドルの最大3分の2に相当する。
巨額のマネーはどこに向かうのか。1970年代の2度の石油危機で巨額の資金を手にした産油国は国内で壮大なバラマキを演じた。2000年代のブームでは政府系ファンドが欧米市場にマネーを再投資した。

米連邦準備理事会(FRB)のグリーンスパン議長は、景気が拡大し利上げを重ねるなかでも上がらない長期金利を「謎」と称した。中東オイルマネーが米債券市場に還流し長期金利の上昇を抑えたとの説が有力だ。
今回のブームでは産油国域内の資本市場の制度やルールづくりが進み、マネーの受け皿となっている点が大きな違いだ。かつての中東の証券取引所はきわめて不透明で、自国投資家すら投資を尻込みした。
サウジの夏は人々が国外に買い物やレジャーのために出国してガラガラとなるのが通例だった。実力者ムハンマド皇太子による改革で娯楽施設が充実、今夏は旺盛な消費が経済を支えた。サウジは停滞する改革が再始動することに期待する。
オイルマネーの対外投資は戦略性を帯びている。サウジの政府系ファンド、パブリック・インベストメント・ファンド(PIF)は今年、日本のゲーム関連会社であるカプコン、ネクソン、任天堂などの株式を取得した。エンターテインメントを社会改革と雇用創出の柱のひとつと位置づけるムハンマド皇太子の「ビジョン」を映す。
懸念は残る。5000億ドルを投じる未来都市NEOMの建設など、皇太子のトップダウン型の投資が迷走し、肝心の産業育成が進まないおそれがある。PIFによる巨額を投じたゴルフツアー開催やサッカークラブ買収が雇用創出にどうつながるのかみえない。
イスラム世界に偏在する化石燃料資源は、信者に対する「神のご加護」ともいわれる。長期的に消費国の石油離れが加速するのは確実で、今回のブームは最後となる可能性が大きい。指導者が使い道を誤れば、祝福ではなく呪いを将来に残すおそれがある。
(編集委員 岐部秀光)

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