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(上)日清食品HD、3代目の危機感 完全栄養食で脱「ジャンク」 世界の競争軸「健康」挑む

世界の食の競争軸が「健康」へと変わるなか、創業3代目の主導により「完全栄養食」を軸に、スイスのネスレなどの巨人に挑むモデルをつくる。フードテックで未来の食を再びリードできるか。

 

トヨタ自動車が静岡県裾野市の工場跡地で早ければ2024年の部分開業を目指す実験都市「ウーブン・シティ」。自動運転や環境配慮の住宅など暮らしの将来像を実証するこの街で、日清食品HDが開発中の「完全栄養食」を住民の食事として提供する検討が進む。

食物繊維やカリウムなど多様な栄養素をバランスよく摂取できる食事を完全栄養食と呼ぶ。その食事を生かし、住民ひとりひとりの健康増進を支援する実証実験を練る。

トヨタとも組んで育てようとする完全栄養食ビジネス。日清食品HDにとり、ひとつの新規事業という以上の重みを持つ。創業来の価値を大きく転換する可能性を担うからだ。

過去の成功体験にとらわれ、革新が遅れる「イノベーションのジレンマ」――。創業者の安藤百福氏の孫で事業会社、日清食品の安藤徳隆社長は「そうならないようものすごく意識している」と打ち明ける。同氏は45歳。遠からず日清食品HDの社長承継が周囲から確実視されている徳隆氏が、自身の世代で会社を失速させかねない危機感すらにじませる。失速を防ぐための脱皮の鍵を握るのが完全栄養食だ。

「世界初の即席ラーメン」という百福氏が起こしたイノベーションから、21年に発売50年を迎えたカップヌードルというグローバルブランドのヒット作も生まれた。日本の食品大手でも安定して高い利益成長を続け、20年には初めて時価総額が1兆円を超えた。

 

 

一方でリスクもある。徳隆社長は「父(日清食品HD社長の安藤宏基氏)の代も『カップヌードルをぶっつぶせ』といいながら、カップヌードルの国内年間売上高1000億円の達成や世界累計販売500億食といった基盤ができてしまった」と話す。「次を託された我々の世代はカップヌードルをぶっつぶさないといけない。今ある価値は最大化し、今はない価値も生み出す必要がある」

呼応するように、世界の食の価値を巡る競争軸も変わった。大きな軸は「健康」だ。時に「ジャンクフード」のイメージもある即席麺に対し、消費者の目は厳しくなってきた。そのイメージを払拭できなければ世界市場からいずれ脱落する。

世界の食の巨人も健康分野への経営資源のシフトを急ぐ。英ユニリーバは22年中に「リプトン」などの紅茶事業の売却を終える一方、18年に買収した代替肉ブランド「ベジタリアン・ブッチャー」への投資を加速する。

ネスレもスキンケア事業や北米の飲料水ブランドを売却する代わりに、20年に中国で代替肉の生産を始め、21年に米栄養補助食品大手の主要ブランドを買収するなどポートフォリオを入れ替える。徳隆社長も完全栄養食事業では「ネスレと競合してくる」と警戒する。

大量生産を前提とした加工食品ビジネスに対する視線の厳しさもある。創業当初は国内や世界の空腹を満たすという命題が加工食品市場の成長に追い風となったが、徳隆社長は「飢餓から飽食の時代という世界の変化にあわせ、テーマを変えていく必要がある」と話す。変化は容易ではないが、加工食品の分野の巨人企業に先んじれば新しい土俵で勝負できる。

手応えはある。22年5月末には主力ライス「日清カレーメシ」や即席麺「日清ラ王」などのシリーズに、完全栄養食の技術を使った「完全メシ」の商品を追加。発売わずか1カ月で100万食を売り上げ、今月5日からは全国の食品スーパーなどに販路を広げた。9日からは木村屋総本店の店舗などで共同開発品「完全メシ あんぱん」の販売も開始。「完全メシ」ブランドで22年度に30億円、23年度に100億円の売上高を見込む。

木村屋総本店と共同開発した「完全メシ あんぱん」(東京都千代田区の木村屋総本店大丸東京店)

木村屋総本店と共同開発した「完全メシ あんぱん」(東京都千代田区の木村屋総本店大丸東京店)

 

「オープンイノベーション」も加速している。トヨタのほか、花王などとも協業を練る。楽天グループとは同社社員への提供に加え、楽天の保険事業の利用者に対する未病対策支援などに生かすことも検討していく。

実は「ジャンク」「飽食」から脱皮する価値と位置づけた完全栄養食を支える技術こそ、やはり即席麺で培ってきた技術だ。減塩してもおいしさを保つ技術、麺の油分カット技術、味のえぐみや苦みをマスキングする技術――。発明家だった百福氏から続く「フードテック」を、時代にあわせた新たな価値を生む作業に注ぎ込む。

日清食品HDでは、既存事業の実質的成長を示す「既存事業コア営業利益」の5~10%を継続的に完全栄養食ビジネスに投資する方針。目先は新型コロナウイルス禍やウクライナ危機に伴う原材料高のコストがのしかかるが、革新の手を緩めるわけにはいかない。

「カップヌードルを完全栄養食に置き換えれば、世界の栄養バランスは変わる」。徳隆社長は話し、5年以内に完全栄養食対応のカップヌードルを発売する構想を練る。それが実現したときこそ、イノベーションのかたちがはっきりする。