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東急不動産、再エネ収穫期に 本業に「脱炭素」

このほど大型風力発電所を稼働している北海道松前町と洋上風力などについての協定を結んだ。地元住民の理解を得ながら発電能力を高め、エネルギーの地産地消につなげる。自社物件への再エネ電力の供給も検討し、不動産業としての脱炭素のあり方を先駆けて示す。

 

「東急不動産の電気を照明に使っています」。8月初旬、松前町の夏祭りでアナウンスが聞こえると、会場にいた300人を超える参加者の拍手が響いた。夜を明るく照らしたのは、町内の日本海沿いに設置した12基の風車が発電した電力だ。同社は夏祭りの協力事業者として加わり、会場の一角には自転車をこいで電気をつくる体験コーナーを設置するなど、にぎわいづくりに一役買った。

洋上風力も検討

東急不動産は2019年から松前町で風力発電事業を手掛けている。発電量は年間1億590万キロワット時と、一般家庭約3万世帯分の使用量に相当する。これらの電力は固定価格買い取り制度(FIT)に基づいて北海道電力に売り、松前町などに供給されている。8月5日に松前沖での洋上風力発電の導入を見据えて地元の漁業協同組合と協定を結んだほか、さらに12基の増設も検討している。

北海道最南端に位置する松前町は、冬に北西から毎秒10メートル以上の強風が吹く風力発電の好適地だ。海岸線では小型風車も含めて約80基が稼働しており、石山英雄町長は「風を松前の資源として有効活用している。観光や水産など主力産業の活性化にもつなげていきたい」と話す。

東急不動産は19年から町内に事業所を設け、松前町と関係構築に取り組んできた。地元の小学校では若手社員が先生役となり、風力発電についての出前授業を開くなど、事業への理解を深めてもらう機会づくりに工夫を凝らす。

なぜ地域密着型で再エネ事業を展開するのか。再生可能エネルギー政策推進室の永田愛理課長補佐は「再エネの持続的な事業成長には地域の理解は不可欠。松前町での取り組みをロールモデルにしていきたい」と強調する。

大規模な開発工事を伴う発電事業は景観や自然環境への影響が大きく、地元の反発を招くケースは少なくない。関西電力は宮城県と北海道で風力発電所の建設を計画していたが、自治体の反対などを受けて7月末に撤回した。住民と向き合い対話を重ねる姿勢を示すことは、再エネ普及に向けた第一歩になる。

夏祭りに参加していた10~80代の住民30人に聞いたところ、東急不動産との風力発電事業の協定を知っていた人は8割を超えた。自営業の50代男性は「就職先が少なく、大半の若者は働く頃には町から出てしまう。再開発やリゾート事業で培ったノウハウを地域活性化のために共有してほしい」と期待を寄せる。

雇用創出・人口増へ

東急不動産は北電や松前町と、災害による停電発生時に地域で電力を自給する「地域マイクログリッド」の構築も進めている。太陽光発電など風力以外の設備投資も進め、最終的には松前町で消費する電力を全て再エネにするビジョンを描く。電力を地元で使う地産地消が進めば、送電コストの削減に加え、新電力会社の設立などで雇用創出にもつながる。人口増加は発電事業の収益向上に加え、不動産開発などのビジネスチャンスを広げる可能性を生む。

東急不動産は14年、香川県の太陽光発電で再エネ事業に参入した。景気変動の影響を受けやすい不動産事業に対して、FITがある再エネ事業は収益が安定しやすいとして住宅やオフィスなどに次ぐ事業の新たな柱に育てる。22年4月には鳥取県米子市でバイオマス発電所が稼働を開始しており、稼働済みの発電設備の拠点数は直近2年ほどで約2倍の66カ所まで増えた。開発中も含めると発電量の7割を太陽光が占めるが、今後は洋上風力や地熱など発電方法の多角化を進めていく。

持ち株会社の東急不動産ホールディングス(HD)は25年度までに2400億円を投じて発電能力を1.6倍の2100メガワットに引き上げる計画だ。現在の再エネ事業の粗利益は60億円程度だが、FITから電力外販への移行で収益性を高めながら、まずは100億円の突破を目指す。

保有する全施設の使用電力を再エネでまかなう「RE100」も年内に達成する見通しだ。環境保護の機運が高まるなか、オフィスビルや商業施設の脱炭素化をアピールしてテナント集めに活用する。将来的には自社のマンションなどに再エネ由来の電力を融通する「自己託送」を検討するなど相乗効果も追求する。

一方、再エネ事業の拡大に伴って専門人材の確保が重要となる。21年秋に再エネ事業を請け負う新会社を設立し、電力分野に精通した人材の採用を強化していく。再エネ分野は競争が激化しており、開発適地や送電線の減少も課題だ。岡田正志社長は「様々なパートナーとの連携が重要になる」と話す。不動産業界の先駆けとなる「発電するデベロッパー」の真価を示すには、慎重かつ大胆な戦略の実行が問われる。

再生可能エネルギー分野は物流や金融、鉄道など異業種からの参入が相次ぎ、用地取得をかけた入札競争は激しさを増している。電力の安定供給には洋上風力や地熱など、発電方法の多角化も急務だ。東急不動産の岡田社長に今後の戦略について聞いた。
1982年阪大工卒、東急不動産入社。2010年執行役員、14年常務執行役員、19年副社長。20年4月から現職。64歳
――ロシアのウクライナ侵攻が長期化するなか、日本国内でもエネルギー自給への懸念が顕在化しています。
「ここ数年、再エネの重要性は高まり続けている。菅義偉前政権が2年前に温暖化ガスの排出を実質ゼロにする脱炭素社会への道筋を示してから、様々な業界から企業が一気に参入してきた。同業他社でもヒューリックなどが開発規模を拡大しており、非常に危機感を持っている」
「マンション開発のように激しい競争を勝ち抜くため、開発の許認可や地権者との話し合いなど、不動産デベロッパーとして蓄積してきたノウハウを生かす。ただ従来のように入札だけで用地取得するのは限界がある。時間はかかるが、北海道松前町のように適地を一から作ることも取り組んでいかないといけない」
――再エネの発電能力をあと3年半余りで約1.6倍まで増やす計画です。
「開発計画は順調に進んでいる。太陽光は晴れると発電量が増えて、風力は風の強い雨の日によく稼働するという補完機能がある。全国で両方やれているのが安定成長の要因だ。今後は大都市圏の近郊など電気需要の高い地域で拠点を増やしたい」
「再エネは発電方法の多角化がカギになる。4月には鳥取県米子市でバイオマス発電所が稼働した。地熱発電は社内で研究中だが、まだ技術的に実現まではできていない。単独は難しいため、ノウハウのある会社との業務提携という形になるだろう」
――洋上風力発電の参入を見据えてデンマークの投資会社、コペンハーゲン・インフラストラクチャー・パートナーズ(CIP)と協業しました。
「洋上風力はひとつひとつの発電規模も大きい。できれば数年以内に参入したい。CIPは台湾など、日本の海域と親和性のあるエリアで開発実績があり、最適なパートナーになると判断した。相手側も我々が力を入れてきた地域連携や国内での開発力に期待しており、相乗効果はそれなりに高いとみる」
「洋上風力の入札でも地域共生は重要な評価項目になりうる。松前町には5人の社員を派遣している。地域に溶け込むことで住民の期待や課題感を知ることができる。再エネ以外のホテル観光でも期待に応えていきたい」
――再エネ電力の普及に向けての今後の課題は。
「太陽光発電は適地の減少が深刻だ。埼玉県東松山市では太陽光パネルを農地に設置する『ソーラーシェア』(営農型発電)の取り組みを進めている。我々が土地代を払えば、農家の家計も安定する。麦で効果を確認できたので稲作でも実証を加速する」
「将来的には発電所から電力を自社施設に自己託送するなど、再エネの地産地消を実現したい。送電コストを抑えられ、地域発展にも貢献できる。マンションやオフィス開発でも環境をテーマに他社にはない商品を作っていかないといけない」
(聞き手は山口和輝)