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イーロン・マスク研究 同居する「天使」と「悪魔」

「彼には異なる2つの顔がある。基本はいいやつだが、一緒に働きたくはないね」。イーロン・マスク氏を直接知るシリコンバレー関係者の多くは、こう口をそろえる。

実際、同氏のファンや一緒に働く社員、苦楽を共にしてきた経営層を取材してみると、情にほだされて無条件の優しさを見せる側面と、言い訳を一切許さない厳しい経営者の横顔が浮かび上がる。マスク氏をこよなく愛するファンの愛称「ファンボーイ」のカリスマ、ガリレオ・ラッセルさんですら、「客観的な立場からイーロンに物が言える今の立場がちょうどいい。テスラやスペースXで働くのはつらそうだ」と肩をすくめる。

異端の経営者「イーロン・マスク」はいかに誕生したのか。これをひもとくカギがこの二面性にある。

自ら打ち明けた「困難」

「私はアスペルガー症候群を持つ最初の司会者だ」。マスク氏は2021年5月に米コメディー番組「サタデー・ナイト・ライブ」に出演し、こう打ち明けて世間を驚かせた。

アスペルガー症候群を持つ人は、相手の表情や口調から発言そのものには含まれていない意図をくみ取る「社会性コミュニケーション」や、相手の立場に立って物事を見る「社会性イマジネーション」に難があるとされる。13年に米精神医学会が実施した改訂で、アスペルガー症候群というカテゴリーはなくなり従来の自閉症などと併せて「自閉スペクトラム症」に統一された。一般には軽度で社会生活を営めないほどではないとされている。

22年4月に出場したスピーチイベント「TED」でマスク氏は、この件について問われると、幼少期の記憶をこう振り返った。「私には、相手の言ったことを額面通りに受け取る傾向があった。でも後で、その認識が間違っていたと分かる。みんなは、必ずしも伝えたいことをそのまま口にしているわけではないのだと理解するまで、しばらくかかった」

マスク氏は1971年、南アフリカ北東部のプレトリアで英国人の父エロールさん、カナダ人の母メイさんの間に生まれた。下に1歳下の弟キンバル氏と、2歳下の妹トスカさんがいる。

学校ではうまく友達と交流できず、缶を顔に投げられるなどいじめに遭った。79年に両親が離婚。兄弟は父と、妹は母と過ごすようになるが、父のエロール氏は子どもに厳しく接していたとされ、マスク氏は成人してからもあらゆる場面で父を「信じがたいほどの悪人」と非難している。

いじめから逃れるため、次第に家にこもってSF小説を読んだりコンピューターでプログラミングをしたりするようになった。12歳のときにゲームソフト「ブラスター」を開発している。SF小説は後に宇宙開発への夢に、プログラミング技術は後に会社の起業へとつながった。28歳のときには弟のキンバル氏と、オンライン出版ソフト開発会社「Zip2」を立ち上げている。

技術が元手の「わらしべ長者」

もう一つの転機は、母の出身地のカナダに移住した89年。クイーンズ大学に入学した後、銀行でインターンシップをして金融の世界を学んだ。

技術があれば起業はできる。それを大手に売却すれば、自分がやりたいもっと大きな事業を起こせる。Zip2は、設立の初年度にちゅうちょなくコンパック(現ヒューレット・パッカード)に売却した。そこで得た資金で99年にオンライン決済「Xドットコム」を立ち上げた。

Xドットコムは後にペイパルの運営会社と合併し、競合していたイーベイに買われることで1億8000万ドルもの資金を手にした。

マスク氏が本当にやりたかったのは「インターネット」「クリーンエネルギー」「宇宙開発」で人類の未来を明るいものにすることだ。「子どもたちに朝、未来は楽しいものになると希望をもって目覚めてほしい」(同氏)と願うからだ。これでスペースXのロケット開発に本腰を入れることができた。

目的に向かって一心不乱に突き進むのに、同氏の特性は「プラス」に働いた面がありそうだ。

「お愛想」が皆無なワケ

一般論だが、カナダのブリティッシュコロンビア大学で心理学の助教授を務めるタイラー・ブラック氏によると、アスペルガー症候群の人たちはいったん、興味を持った物事をトコトン突き詰めることができる一方で、興味のない物事に対して注意を向けることが難しい。つまり、「お愛想」や「大人の対応」といったことがうまくできないのだ。

マスク氏の頭の中は至極、シンプルだ。面白くないと思えば、広く視聴されるカンファレンスコールで相手に「つまらない」と告げて顔を潰すし、面白ければ25歳の名もなき青年でもトコトン付き合う。はた目には天使と悪魔が共存しているように見えるが、ただそれだけのことだ。

16年、電気自動車(EV)普及という目的達成に重要な役割を果たすモデル3を米カリフォルニア州フリーモントで発表したときは、量産計画について自信たっぷりに演説をぶった。結局、予定の期日は守れず、世間から批判を浴びる材料の一つになった。20年に上海工場で同車種の出荷セレモニーを開いたときは、うれしくてジャケットを脱いで踊り、多くの人に嘲笑された。相手がどう感じるかの想像を働かせるのが苦手なだけで、本人はただ素直に行動しているだけなのだ。

これはツイッター発言でも同じだ。結果を想定していれば、タイの青年たちの命を救ったヒーローを「ペドガイ」などとは呼ばないし、買収すると言って数カ月で撤回することもない。数々の女性遍歴にも、マスク氏の個性が影を落としているのかもしれない。

同氏のファンからすると、「完璧ではない人間らしさ」も魅力になる。偉業を成し遂げた経営者である前に、一人の人間。その親近感が人気を呼んでいるのだ。

あまり知られていないが、マスク氏は1人目の妻との間の初めての息子を、生後わずか数週間で亡くしている。その個人的悲劇がテスラが抱える訴訟に思わぬ影響を及ぼした。

米フロリダ州である少年が18年に起こしたテスラ車の事故にまつわる裁判だ。訴えたのは、亡くなったバレット・リレイさんの父、ジェームズさんである。

バレットさんは、父からモデルSを借り、テスラにスピード制御装置のリミッターを外してもらった後、友達とドライブを楽しんだ。そして猛スピードを出し、壁に激突して死亡した。ジェームズさんは、テスラのスタッフが所有者に許可なくリミッターを外したのはテスラの落ち度、また電池が燃えなければ死亡には至らなかったとして同社を訴えた。

裁判はテスラに不利な状況で進んだ。報道によると、マスク氏が事故の後、7週間にもわたって父親とやり取りした電子メールや電話で話した内容が不利に働いたという。

原告側は裁判で、マスク氏は電話でジェームズさんに、テスラがリミッターを外すべきではなかったと話したと主張した。さらにメールにこんな文章をつづったとされる。

「私は初めてもうけた息子を腕の中で亡くした。最後の心臓の音を感じた」「(子を持つ親にとって)子どもを亡くすほど最悪なことはない」

テスラは裁判に負け、1050万ドルを原告に支払うことを命じられた。

結果がどうなるかを想定せずに、自分が信じるままに動いてしまうマスク氏は、周囲の人たちを翻弄する。巻き込まれた側はたまったものではないが、同時にそんな姿勢が信仰者を増やし、社会ムーブメントとなって事業を成功に導いてきた。

マスク氏は人生の様々な局面で自らの個性に向かい合い、苦しんできたはずだ。だが、起業家、経営者としては、天から与えられた「ギフト」だったと言えるかもしれない。

(日経BPニューヨーク支局長 池松由香)