子どもの前で家族に暴力を振るう面前ドメスティックバイオレンス(DV)を含む心理的虐待の増加が目立ち、件数は12万件を超え10年前の約7倍となった。身体的虐待やネグレクト(育児放棄)と違って外見に虐待の痕跡がなく、周囲から見過ごされやすい側面が指摘される。トラウマ(心的外傷)が残って成長や日常生活に悪い影響が出る恐れもあり、対策拡充が急務だ。
「おまえは頭が悪いんだよ」。兵庫県に住む女性会社員は子どものころ、父親が母親を罵倒するのをよく耳にした。4歳上の兄は蹴られたり、殴られたり。自身が危害を加えられることはほとんどなかったが、「やめて」と泣き叫んでも聞いてもらえない。父の怒りのスイッチがいつ入るか分からず、家の中でも心が休まらなかった。
女性が中学2年の夏、兄への暴力がエスカレートしたことなどに耐えかね、母と3人でシェルターに駆け込んだ。高校生になって以降はアルバイトをしたが、高圧的な男性がいる職場は当時の記憶がよみがえり、長く続かない。営業職で内定をもらった建設関係の会社も入社前の研修でパニック症候群が再発し就職をあきらめた。
「違う家庭だったら、もっと他の人生があったと思う」と女性。面前DVの被害について「気付いてもらいにくいが、心の傷は何年たっても消えない」と明かし「身体的虐待だけでなく、心理的虐待に遭った子どもたちもしっかりケアしてあげてほしい」と願う。
NPO法人「ウィメンズネット・こうべ」(神戸市)によると、親の中には「DVの現場を子どもに見られていないので影響はない」と考える人もいる。しかし正井礼子代表理事は「子どもは分かっている。どれほどのダメージがあるか、もっと知ってもらう必要がある」と強調する。
厚生労働省が9日に公表した児相の21年度の虐待対応件数(速報値)は、前年度比2615件増の20万7659件だった。内容別にみると面前DVを含む心理的虐待が12万4722件を占め、11年度(1万7670件)の約7倍。虐待全体に占める割合では初めて6割を超えた。
「今後も増加が続けば児相の対応が追いつかなくなる恐れもある」と厚労省関係者は懸念する。面前DVに関し同省は今後、悪化や再発のリスク要因に応じた分類を設け、児相がより深刻度の高い事案に注力できるような対策を講じる方針だ。
児相の負担軽減に向けては市町村との連携が鍵になる。
大分県では子どもの状況に応じ、重点対応すべき事案かどうかが判別できるような基準を作成。軽微とみられれば市町村が主体となり対応する仕組みを17年から運用している。定期的に行政や関係機関が情報共有する場も設けている。
大分県こども・家庭支援課の隅田妙子課長は「件数が増えても、重篤なケースに適切に対応できている」と話す。役割分担のほかに、研修などを通じて現場の人材のスキルアップを続けていくことも重要だという。

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