度重なる不運で酒造りへの意欲を失った父に代わり、失明という過酷な運命にもかかわらず、家業再生に挑んだ彼女。琴奏者、日本画家、香道家など仕事に打ち込む宮尾作品のヒロインたちの中でも、最も応援したくなる存在だ。
酒に強い人が多そうな高知の出身にもかかわらず、宮尾自身は飲めなかった。日本酒及び酒造りの知識を学ぶために頼ったのが、随筆家で雑誌「酒」編集長だった佐々木久子。彼女から紹介されたのが「越乃寒梅」で知られる石本酒造(新潟市)だった。それもあって烈が経営する酒蔵は、新潟県中蒲原郡亀田町(現・新潟市)に位置することになったとみられる。
9月初旬、石本酒造を訪れた。JR信越本線亀田駅から徒歩15分ほど。信濃川、阿賀野川、その2つを結ぶ小阿賀野川に囲まれた砂丘地、亀田郷の一角にある。
「祖父(2代社長の石本省吾)の代から、キレのある飲み口を大事にしてきました」と石本龍則社長(4代)は話す。そのあたりは、戦後に烈が酒米をより多く削ってスッキリした味わいの日本酒を造る姿に反映されているのかもしれない。
宮尾の取材を受けたのは龍則氏の父で3代社長の石本龍一。4年前に亡くなっている。「うちの蔵では野積(現・新潟県長岡市寺泊野積)から毎年杜氏が蔵人を連れて来ていた話など、日本酒がどう造られるかを説明したようです」と龍則氏。作中でも杜氏たちは野積からやってくる。
烈の母である賀穂や、その献身的な姿で強い印象を残す叔母の佐穂の出身地は、今の新潟県新発田市という設定。新潟駅から電車に揺られて30分強の新発田駅で降りる。徒歩5分ほどの距離に王紋酒造(旧・市島酒造)がある。やはり宮尾が訪れた酒蔵だ。
王紋酒造は酒造りにいち早く女性を採用し、同蔵で働いていた椎谷和子氏は1975年、女性として初めて1級酒造技能士となった。それもあって宮尾はこの酒蔵に興味を持ったのだろう。
王紋酒造は今年4月、酒蔵を改装して「体験型酒造リゾート 五階菱」をオープンさせた。プロジェクションマッピングを活用した有料の映像体験を導入するなど、宮尾が訪れたころとは大きく姿を変えている。ただ、玄関横の酒造り用の大きな木桶(きおけ)は「蔵」の世界を彷彿(ほうふつ)させ、烈のひたむきな人生が浮かんできた。
(文化担当部長 中野稔)

みやお・とみこ(1926~2014) 高知市生まれ、高坂高等女学校卒。1962年「連」で女流新人賞、73年「櫂」で太宰治賞、78年「一絃の琴」で直木賞、83年「序の舞」で吉川英治文学賞を受賞。ほかの著書に「寒椿」(女流文学賞)、「鬼龍院花子の生涯」「天璋院篤姫」「錦」(親鸞賞)など。2009年文化功労者。
「蔵」は1992年から93年にかけて毎日新聞に連載され、93年に毎日新聞社から単行本が刊行された。著者は「日本独自の酒造り文化に魅せられた」ことが執筆のきっかけと「あとがき」に記している。テレビドラマ化や映画化、舞台化もされた。烈は松たか子、一色紗英、沢口靖子らが演じている。(作品の引用は中公文庫)

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