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円安が生む新たな「円売り」 ドル買い権利消失 輸入企業、深まる苦悩

中小企業を中心に定着しているドル調達の手法、「ノックアウト・オプション」がこの背景の一つだ。為替水準が一定水準を超えた円安になるとドルを買う権利が消滅する仕組みのため、権利消失に伴いスポット(直物)での円売り・ドル買いを強いられる企業が多くなっている。円安がさらなる円安を呼び込む構図が起こりかねない。

 

「今輸入企業にできることは、(円高になるよう)祈るのみだ」。ある邦銀ディーラーは現状をこう語る。通貨オプションや為替予約を使い、あらかじめ決まった価格でドルを調達する契約を結ぶのが輸入企業の定石だ。企業は商品を売って円を手に入れることでドルに換えることができるが、商品が売れる前にドルを調達する価格を決めることで、先々の事業計画が立てやすくなる。

この手法の一つがノックアウト・オプションだ。想定を超えた円安だとドル買いの権利が消滅してしまう代わりに手数料が安くすむため、体力のない中小企業での人気が高い。権利消失のラインは、多くの場合契約時よりずっと円安の水準に置かれる。

 

ところが、今回の1ドル=140円を超える急激な円安を事前に予想していた市場参加者はほとんどいなかった。140円を超える水準にこの権利消失のラインを設定した契約が断続的にたまっているという。「142円近辺でノックアウト(ドル買いの権利消失)をくらった企業が多かった」(りそな銀行の武富龍太氏)

輸入企業からは「毎晩ノックアウトの夢を見る。何とかして円安を止めてほしい」(大阪の中小企業)との悲鳴が上がる。ある近畿地方の地方銀行では急激な円安進行で一気に500件の顧客でドル買いの権利消失が発生したといい、対応に追われた。

ノックアウト・オプションを使って市場より安い価格でドルを調達する権利を失った輸入企業は、事業継続のためにはそれでもドルを調達するしかない。

この場合、足元の円安水準でスポット市場で調達するか、オプション市場で再びノックアウト・オプションの契約を結び直すことが必要になる。この場合でも売り方の金融機関がヘッジで円売り・ドル買いに動く必要があるため、どちらにせよノックアウト・オプションによるドル買い権利の消失は、新たな円安材料となる。

実際、この影響は既に出始めているようだ。

オプション市場でプット(円を売る権利)からコール(円を買う権利)の需要を差し引いた指標は「リスクリバーサル」と呼ばれ、市場参加者による円相場の先行き予想として使われる。足元ではリスクリバーサルは多くの期間で円安を示唆する「円売り超過」となっている。ノックアウトに追い込まれた輸入企業の円売りが新たに構築されつつあることを映している可能性がある。

足元の急速な円安進行は、通貨オプション取引に絡む「実需の円売り」を引き出し、さらなる円の下落を促した。市場からは「145円の水準にもノックアウト・オプションがたまっている」との声がある。ドル円相場が145円を超えて下落するようなら、さらに大きな円安の余地が生まれるといえそうだ。

(南泰葉)