世界の実質金利、2年半ぶりプラス圏 リスク資産に逆風

市場がインフレの加速以上に各国の中央銀行による金融引き締めと、それに伴う景気後退を警戒していることが表面化した。実質金利が上昇すれば株や商品などリスク資産の割高感が強まる。金融緩和の恩恵を受けてきたリスク資産にとって大きな逆風となる。

実質金利は通常の国債利回り(名目金利)から、市場が織り込む将来の予想インフレ率(ブレーク・イーブン・インフレ率=BEI)を差し引いて算出する。算出には物価上昇率に応じて元本が変動する物価連動債を用いる。

英指数算出会社のFTSEラッセルの「FTSE世界インフレ連動債券インデックス」の実質金利は8月30日にプラスに転じた。実質金利は米国や日本、ドイツなど主要13カ国の物価連動債の利回りをそれぞれの時価総額で加重平均して算出している。マイナス圏から脱するのは2020年3月以来およそ2年半ぶりだ。

実質金利を押し上げているのは、長期金利の上昇と予想インフレ率の低下の双方だ。主要国の中銀がインフレ抑制を狙って政策金利を引き上げており、長期金利は上がっている。米国の長期金利は7日に3.3%台と6月中旬以来の高水準を付けた。

世界の中銀が景気後退をいとわずインフレを抑え込む姿勢を示していることと、原油や金属など商品市況の伸び悩みが重なって、市場の予想インフレ率は低下している。その結果、各国で実質金利は上昇し、米国では6日に5年物実質金利は0.9%台前半、10年物は0.8%台後半をつけ、双方ともに19年1月末以来およそ3年半ぶりの高水準となった。「市場は利上げ後の景気鈍化を見越しており、予想インフレ率の低下を招いている」と大和証券の岩下真理チーフマーケットエコノミストは話す。

実質金利は投資に大きな影響を与える。実質金利がマイナスの状態では国債など安全資産で運用した場合の利回りよりも、物価上昇による価値の目減りが大きい。実質的に損となるため、リスク資産への投資を促す効果がある。新型コロナウイルス対応で20年以降に各国が金融緩和を進めたことで、実質金利は大きくマイナスになり、ハイテク株や原油などリスク資産は高騰。ミーム株(はやりの株)や暗号資産(仮想通貨)といった、業績面などの裏付けの乏しい資産まで買われ、過熱感が高まった。

実質金利がプラスになれば投資家のリスク志向は抑えられ、マネーの流れは逆転する。世界の実質金利がプラス圏に向けて上昇し始めた8月から足元(9月2日時点)までのリスク資産の価格推移をみると、ビットコイン(16%安)を筆頭に、原油(12%安)、世界の不動産投資信託(REIT、7%安)、世界株(5%安)とリスク資産が全般的に売られている。

価格が上昇しているのは、米連邦準備理事会(FRB)の大幅利上げによって金利収入の拡大が見込めるドルなどに限られている。主要通貨に対するドルの総合的な実力を示すドル指数は3%上昇した。

あるヘッジファンドの関係者は「今後、実質金利はさらに上昇し引き締めが本格化する。株式などリスク資産の下落はこれからが本番になるだろう」と身構える。

株価などの下落は景気を一段と冷やしかねない。株安は個人が消費に回せる資金が減る「逆資産効果」を生むほか、金利の上昇で企業の資金調達のハードルが上がれば設備投資などを鈍らせる。

野村総合研究所の木内登英エグゼクティブ・エコノミストは「インフレ対応を急ぐFRBがすぐに景気悪化に対応するのは難しく、23年の米国の景気悪化は通常の後退よりも深く長いものになる恐れもある」と指摘する。歴史的なインフレ局面に対応する各中銀だが、インフレ抑制と市場の安定の両立を図るのは困難を極めつつある。

(南泰葉、佐伯遼、今堀祥和)