物価急騰への対策やウクライナ危機への対応で成果を出し、政権基盤を固めるには前任のジョンソン氏を巡る与党・保守党内の亀裂修復が欠かせない。2025年1月までに実施される次期総選挙(下院選)で勝利するには、早期の挙党体制の構築が必要になる。
トラス氏は6日昼(日本時間同日夜)、英北部スコットランドに滞在中のエリザベス女王に会い、首相に任命された。同氏は同日午後、ロンドンの首相官邸前で演説した。エネルギー価格の高騰に触れ、「この嵐を乗り越える自信がある」と表明した。
これに先立つ6日午前、ジョンソン氏はロンドンの首相官邸前での退任演説で「新政権を熱烈に支援する」と述べ、トラス氏にエールを送った。トラス氏は外相としてジョンソン氏を擁護し続けた。ジョンソン氏は英国の欧州連合(EU)離脱など自身の業績を並べたうえで、「トラス氏と新政権のあらゆるステップを応援していく」と締めくくった。
トラス氏は5日、保守党の新党首に選ばれた直後の演説で「あなたはEU離脱をやりとげ、新型コロナウイルスのワクチンを普及させ、(ウクライナ侵攻に踏み切った)プーチン(ロシア大統領)に立ち向かった」とジョンソン氏をたたえていた。
2人とも新型コロナ対策の行動規制下でのパーティー問題など、首相交代の理由になったジョンソン政権の不祥事には触れなかった。
トラス氏が政権運営を安定させるためには、まず保守党内の亀裂を修復する必要がある。同氏が党首選で勝利できた理由は大規模減税など物価対策への評価だけではない。ジョンソン派の党員の支持を取り込めたのが大きな要因だ。
決選投票に参加した一般党員の5割以上が世論調査で「(ジョンソン氏の)辞任は間違いだった」と回答した。同氏の人気はなお根強い。
トラス氏が下したスナク氏は党首選の最中、7月上旬に財務相を辞任したことでジョンソン政権崩壊の引き金を引いたと批判された。一方、これには60人ほどの副大臣や政務官らが同調して辞任した。党内でスナク氏への賛同が広がっていたのも事実だ。
党首選の決選投票でトラス氏の得票率は57%だった。決選投票になった2001年以降の過去4回の党首選では最も低い。ジョンソン政権の閣僚もトラス氏支持とスナク氏支持に分かれ、党所属の有力な下院議員の間でも溝が深まった。党内の結束を取り戻せなければ、物価対策やウクライナ支援などの難題をまとめる際の障害になりかねない。
英国ではEU離脱を巡る混乱もあり、メイ氏、ジョンソン氏と比較的短命の政権が続いた。トラス政権が2人を超える安定政権を築くには、遅くとも25年1月までに実施される次期総選挙で勝利し、政権を維持する必要がある。この点でトラス政権は大きなジレンマを克服する必要がある。

英調査機関オピニウムの8月中旬の有権者全体の調査では、ジョンソン政権の業績を評価するという回答は26%にとどまった。19年の前回総選挙で保守党に投票した有権者の3割ほどが、次期総選挙で保守党に投票しないと答えた。
足元の複数の世論調査では、労働党が支持率で保守党を約10ポイント上回る。現状のままではトラス氏が次期総選挙で勝つ青写真は描けない。シンクタンクのカーネギー・ヨーロッパは「トラス氏が党内の支持を保つにはジョンソン氏の尊重が必要だが、選挙で勝つには同氏を見限った保守党支持者をひき付けないといけない」と指摘する。
労働党のスターマー党首は5日、ツイッターに「12年間の保守党政権でもたらされたのは低賃金と高物価。つまり保守党による生活費の危機だ」と投稿し、トラス新政権を批判した。今後の政局次第では、総選挙を経験していないトラス政権に下院解散を迫る展開もあり得る。
トラス氏が挙党体制を確立し、物価抑制で成果をあげるまでは、保守党や政権の支持率回復は難しい。イングランド銀行(英中央銀行)の予想では、物価高騰で実質成長率は23年初め、マイナスに沈み、24年後半までプラス圏に回復しない。
ロンドン大のアナンド・メノン教授は「下院解散と総選挙は24年秋以降になる。景気回復にメドがつくまで与党は総選挙に踏み出せない」と指摘する。

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