日銀が国債相場を「支配」し、金利が適正水準より低く抑えられている。ひずみは大きくなっており、市場ではその終幕は突然訪れるとの見方が強まっている。
「『運用部ショック』について教えてくれませんか」。ある外資系証券のトレーダーには最近、投資家からの問い合わせが増えている。運用部ショックは、1998年から99年にかけて起きた金利の急騰劇だ。旧大蔵省の資金運用部による突然の国債買い入れの停止をきっかけに、金利が0.6%台から2.4%台まで急上昇した。
運用部ショックに関心が集まったのは、今年6月、金利が日銀の想定を超えて上昇したためだ。
日銀は長短金利操作(イールドカーブ・コントロール=YCC)という政策を採り、長期金利の上限を0.25%程度とする。海外勢はYCCの修正による金利の上昇(価格の下落)にかけて国債売りで日銀に挑み、金利は0.265%まで上がった。日銀は最終的に金利を抑え込んだものの、大量の国債購入を余儀なくされた。これを見て「日銀がいずれはYCCを修正せざるを得ないのではないかと考える投資家が増えた」(前出のトレーダー)。
今は運用部ショックの時よりも国債の公的部門への依存が高い。当時は資金運用部などが国債の3割程度を持っていた。今は日銀が5割を持つ。国債ディーラーとして運用部ショックを経験した久保田博幸氏は「当時は国債価格の維持は目的ではなかった。日銀が金利を操作している今の方が公的部門への依存度は圧倒的に高い」と指摘する。
国債市場のひずみが強まる中、日銀がYCCを修正した場合、長期金利はどのように動くのか。

米ゴールドマン・サックスは実質成長率や物価、世界の金利動向などを加味して、日本の金利の「適正な」水準をはじいている。8月時点では0.61%があるべき金利で、市場で付いている金利よりも0.4%ほど高い。
13年に就任した日銀の黒田東彦総裁の下で金融緩和の強化が続き、金利が適正金利よりも低く抑えられることが常態化した。その不合理を突いているのが外国人投資家だ。

昨年9月以降の累積でみて外国人投資家は長期債をまだ6兆円ほど売り越したままだ。バークレイズ証券のマクロ・トレーディング本部長、三ケ尻知弘氏は「世界の金利が6月のピークをこえて上昇するような場合、外国人の国債売りが再燃する可能性がある」とみる。足元で金利は0.24%前後までじりじりと上がってきている。
国内では日銀がすぐに政策を変える可能性は低いとみられている。財政に大きな影響があるためだ。黒田氏が日銀総裁に就任したころと比べて普通国債残高は300兆円近く増えている。金利上昇が利払い費の増加などに与える影響が大きくなった。BNPパリバ証券の河野龍太郎氏は「長期金利の安定自体が日銀の目的と化した」とみる。
もっとも中銀の「裏切り」は突然来るケースが多い。

日銀と同じYCCを採用していたオーストラリア準備銀行は21年にYCCを放棄した。0.1%程度で推移していた金利は0.8%程度まで急上昇した。15年にはスイス国立銀行が対ユーロでのスイスフラン売りの無制限介入を突然やめて、フランが急騰した。
特にYCCは事前に修正を市場に織り込ませるのが難しい政策だ。YCCの放棄や修正を示唆した瞬間に、投資家からは国債の売りが殺到する。YCCは特定の利回りで国債価格を下支えしており、それがなくなると今後の値下がりが確実だからだ。
こうした場合、YCCの枠組みの下では、投資家からの国債売りは日銀がすべて吸収することになる。そうすると、日銀の国債保有残高が急速に膨らみ、日銀が意図しない緩和的効果が生じてしまう。実体経済と比べて異常なほど金融が緩和された状態となり、インフレやバブルといった副作用を生みかねない。
それを避けるには、一切の宣言無しにYCCをやめるしかない。その場合「今は急落を知らない投資家が増えており、突然の政策修正に直面したら、売りが売りを呼ぶ展開となる可能性がある」。長年、国債運用をしてきた三井住友DSアセットマネジメントの深代潤氏はこう指摘する。金利の急上昇は、低金利に慣れきった日本人の生活にも大きな痛みを強いるものになりかねない。
日銀が異次元緩和を始めて9年がたった。金利が適正な水準よりも抑え込まれた状態が長年続き、国債市場には大きなひずみがたまっている。日銀は混乱を避けながら出口に至ることができるのか。それとも投資家や国民に予期せぬ金利上昇の痛みを負わせざるを得ないのか。日銀自身まだその答えを見つけられていない可能性も、市場ではささやかれ始めている。(佐藤俊簡)

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