とくに高輪ゲートウェイ駅や浜松町駅周辺など山手線の「湾岸エリア」の活性化に勝機を見いだす。新型コロナウイルス禍で鉄道収入が戻らないなか、街づくりを収益の柱と位置づけた新たなビジネスモデルに向け脱皮を急ぐ。
高輪ゲートウェイ周辺の工事急ピッチ
2020年に開業した高輪ゲートウェイ駅(東京・港)。品川―田町間の車両基地跡地を活用した山手線30番目の駅周辺では、24年度末の街びらきを目指して建物地下部分の掘削など工事が急ピッチで進む。
「高輪ゲートウェイシティ」(仮称)とする同駅周辺の再開発事業は、JR東が社運をかけて臨む一大プロジェクトだ。14年から社内に都市計画の策定などを担う専門部署を設置し、総事業費は約5800億円にのぼる。高さ160メートル超の複合ビルなど4棟の高層ビルと低層の文化棟がずらりと並ぶ計画だ。
高輪は江戸時代、「高輪大木戸」として東海道を経て江戸に向かう際の玄関口とされた場所。1872年に日本で最初の鉄道が新橋―横浜間で開通した際には、海上を鉄道が走るための築堤が作られたJR東としてもゆかりが深い地域だ。しかし近年は品川と田町の中間に位置し、両駅ほど人の往来が盛んなエリアとは言えない。10年以上高輪に住む主婦(61)は「どこに行くにもアクセスはいいが、街自体のにぎわいは少ない」と語る。
だがJR東の深沢祐二社長は「世界と日本をつなぐハブとしての機能を持つ街にする」とのビジョンを掲げる。オフィスや高級ホテルのほか、住宅やインターナショナルスクール、医療機関など多層な機能が集まる拠点へと変貌させる。羽田空港へのアクセスの良さや27年以降に開業予定のリニア中央新幹線という交通環境を生かして再び東京の玄関口(ゲートウェイ)とする未来を描く。
さらに新型コロナ禍の生活変化も踏まえ、「分散型都市」をキーワードに掲げる。高輪ゲートウェイには、「その場にいなくても体験できる」機能を備える。例えば、オフィスでは海外との打ち合わせなどの際に、スクリーンを通してほかのオフィスとつながるように働ける仕組みを導入。駅に設置するブースを通じて遠方の医師やクリニックとオンラインで相談できる機能も盛り込む。
舞台は高輪だけにとどまらない。JR東は近隣の浜松町、竹芝、田町、大井町などでも再開発プロジェクトを手掛ける。同社が見据えるのは、品川や高輪を中心とした山手線の「湾岸エリア」全体の活性化だ。マーケティング本部まちづくり部門の竹島博行部門長は「東京駅など都心と比べ、湾岸部では工場や倉庫が多く開発が進まなかった。だがポテンシャルを生かせば、時代に合った新しい街として生まれ変わることができる」と強調する。

例えば京浜東北線で品川から1駅隣の大井町では、JR東の社宅があったエリアなど約3万平方メートルの土地を使い、宿泊、オフィス、住宅などの機能が一体となった複合都市を25年度以降に竣工する。竹島部門長は「単一の機能しか持たなかったエリアに複数の要素を持ち込むことで、多様な生活スタイルのニーズを取り込むことができる」と話す。
湾岸エリアの開発の中でも高輪ゲートウェイは同社が最もポテンシャルが高いとみるエリアだ。車両基地だった約9万5千平方メートルに「ゼロから街を作り上げることができる」(竹島部門長)からだ。都内でこれだけの敷地を新たに開発できる機会は珍しく、「『駅づくり』から『街づくり』へ」と掲げる同社にとって、駅周辺一体をデザインできる絶好の機会となる。
アクセスの良さと規模、強みに
現在、都内各地で再開発プロジェクトが進んでいる。戦後の高度経済成長期で開発された街や建物が50年以上経過し、一斉に転換期を迎えている。渋谷では東急が中心となって大規模な駅周辺街づくりを展開し、日比谷では三井不動産などが日比谷公園を中心とした国際水準の迎賓機能を目指す。
品川高輪エリア一帯を都心におけるビジネスや国際交流の拠点へと目指すJR東にとって、企業の誘致やにぎわい創出に向けて、他のエリアと競合する可能性もある。だが竹島部門長は「高輪エリアの強みは『課題解決に貢献できる』ということ。唯一無二のアクセス性と規模を生かし、他にはまねできない街にする」と強気だ。
JR東が不動産開発に注力する背景には、同社が直面する事業環境の変化がある。18年に発表したグループ経営ビジョン「変革2027」では、人口減少により鉄道事業の収益は減少に向かうとして、「非鉄道」事業の強化を掲げた。20年からは新型コロナ禍が直撃し、鉄道運輸収入の落ち込みが一気に加速。深沢社長は「コロナ前に戻らない前提に立つ必要がある」として、現在売上高の4割未満にとどまる非鉄道事業を、将来的に5割まで高める目標を掲げる。
なかでもJR東が大きな収益源として期待を寄せるのが不動産事業だ。同社は都心の一等地である駅周辺に大量の不動産資産を抱える。22年3月時点で賃貸向け不動産などの含み益は1兆6千億円に上る。再開発を通して資産の価値を上げ、高輪ゲートウェイでは年間560億円の売上高を生み出すとされる。「非鉄道」が売上高の半分を生み出すためには、不動産事業のさらなる強化が不可欠になっている。
JR東にとって都心の大規模開発では、高輪ゲートウェイのほかに新宿が控えるが、巨額の資金が必要となるため、次々と展開できるものではない。そこでJR東が目を向けるのが、海外だ。「交通を中心とした街づくりは、東南アジアを中心に海外から注目度が高い」(竹島部門長)。すでに東京駅周辺など同社が手掛ける再開発事業を視察で訪れる国もあるという。
22年7月には、シンガポールの都市鉄道「ウッドランズ駅」において、JR東が手掛ける約1500平方メートルの駅直結商業施設が開業した。国内で培ったエキナカの商業施設のノウハウを生かしながら、地元のニーズにあった店舗などを誘致した。竹島部門長は「高輪ゲートウェイの開発事業を経てさらにノウハウも蓄積されている。海外の鉄道を軸にした街づくりにコンサルタントとして参画したい」と意気込む。
(大畑圭次郎)

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