金融庁は8月31日、2022事務年度(22年7月~23年6月)の金融行政方針を発表した。最大のポイントは「貯蓄から投資へ」の道筋作りだ。旗を振り続けても約20年間、家計の金融資産が投資にまわらなかったのは省庁間連携や改革の不十分さによると判断した。他省庁との摩擦も予想される3つのルートで岩盤を打破したい考えだ。
今回の行政方針は9月下旬にも開かれる「新しい資本主義実現会議」に提言する材料。年末までにまとめる「資産所得倍増プラン」は各省庁横断で議論する。財務省や厚生労働省、文部科学省など他省庁と交渉しても前に進まなかった政策課題を取り上げる見込みだ。
1つ目のルートは少額投資非課税制度(NISA)の恒久化だ。
時限措置を設けていることが制度を複雑にする一因になっていた。英国の非課税投資制度「ISA」と米国の「529プラン」と呼ばれる税制優遇制度はすでに恒久化されている。生涯どのタイミングでも非課税で投資できるようわかりやすい制度への刷新を目指すが、財務省が壁となる。
NISAの総買い付け額は2014年以降、年間2兆~3兆円ずつ増えており、22年3月末時点で27兆円に上る。とりわけ、長期・積み立て・分散を促す「つみたてNISA」の21年の買い付け額は20年と比べ2倍超と急増し、認知度も71.2%(21年12月、投資信託協会調べ)と高い。ただ、制度内容の認知度になると27.7%と低くなる。
現在は「一般NISA」「つみたてNISA」「ジュニアNISA」と3種類存在する。20年度の税制改正大綱でジュニアは廃止、一般は2階建てに複雑化することが決まった。制度が変わる原因は主税局との交渉で発生した霞が関特有の落としどころづくりにある。
2つ目は投資家を育成するルートだ。行政方針に「国全体として、金融経済教育の機会提供に向けた取り組みを推進するための体制を検討する」と明記し、金融教育を国家戦略に位置づけるよう提言した。
学校教育は文科省、主に大企業に勤める人が加入する企業年金は厚労省がそれぞれ所管する。社会人に金融教育を提供しようとしてもどの省庁が担当するのかあいまいな部分がある。
この分野で日本が世界的に後れを取っているのは、政府内に司令塔が不在だからだ。米国は「金融能力に関する大統領諮問委員会」を設置し、職域まで対象を広げ、退職金運用など資産形成を啓発している。
日本の活動主体は金融広報中央委員会(日銀が事務局)。同委員会の金融リテラシーに関する調査でも教育水準は変わらない。「家計管理」や「生活設計」の分野の正答率は16年と22年ともに5割程度にとどまる。野村資本市場研究所の橋口達研究員は「日本でも国民が自発的に金融の知識を身に付けられる環境整備が必要だ」と指摘する。
3つ目は金融機関のルート、顧客に対してのふさわしい販売・勧誘につなげる環境をどう整備するかだ。
金融庁は米国が企業年金などの受給者保護を統一的に規定した従業員退職所得保障法(英語の頭文字を取ってエリサ法と言う)を参考に「受託者責任」を浸透させようと動いてきた。顧客ニーズに沿った商品を開発・販売する金融機関の責任感を醸成する動きだ。
ただ、企業年金まで含めた運用市場全体に受託者責任の制度的枠組みを整えようとすると、確定拠出年金法などを所管する厚労省と運用面で足並みがそろわなかった。
そもそも金融リテラシー向上を促す「投資助言」のあり方があいまいだ。一部の証券会社が導入している顧客の預かり資産残高に応じた手数料を得る仕組みが有償の助言に課せられる規制にあたるかどうかの解釈も明確になっていない。金融庁自身の領域でも、業界調整が難しく、改良の余地が残っていた。
日銀の資金循環統計によると、22年3月末時点の家計の金融資産は約2005兆円だ。そのうち、現預金が1088兆円と全体の約54%を占める。株式や投資信託など投資にあたる部分は15.9%で、00年3月の15.7%と比べほぼ横ばいだ。
「貯蓄から投資」の重要性は長年叫ばれてきたが、国民の投資への忌避感もあって効果は思うように出ていない。ただ、足元では若年層を中心に資産形成への意識は高まっている。「霞が関の論理」を超えて「国民目線」で政策を実現できるかが試されている。(手塚悟史)

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