ライフプランがあってこそのマネープラン
相談者Aさん(会社員・63)と妻(パート・64)は、都心の賃貸に住み、別途賃貸アパートを所有しています。不動産会社に、100歳までの収入を確保するために、二世帯住宅を兼ねた賃貸アパートに建て変えることを提案されました。建て替え費用は親子ローンを組みます。
夫婦は、「数年前に耐震補強の工事をしたばかりで、建て直すは時期尚早では。借入金も多額で子供の人生にも負担を強いる」と悩んでいました。
どんな老後を過ごしたいのか、希望するライフプランを聞くと、夫婦で趣味のゴルフを続け、コロナが落ち着いたら以前のように海外でラウンドしたいと言います。老後資金は心配だが、賃貸経営は無理せず現状維持できればという考えでした。
想定する老後の生活費を含む支出と、年金を含む収入でキャッシュフロー表を作ると、80歳半ばで貯蓄が底をつくことがわかりました。解決策は不動産会社の提案を実行する以外にも考えられます。働く期間を延ばし、公的年金を繰り下げる。生活コストの高い都心から郊外に住まいを移すなどです。
現在の家賃に負担を感じていたAさん夫婦は、以前から気になっていた地域を訪ねました。数日間滞在して、物価が安く生活しやすく心地よさを感じたといいます。早速、この町で暮らす場合の生活費を想定し、働く期間を延ばして年金を繰り下げることも併せてシミュレーションをした結果、資産寿命を伸ばすことが可能になり、老後の楽しみであるゴルフ旅行も実現できることがわかりました。最晩年には賃貸物件を売却し、夫婦で施設入居をしたいという方向性も決まり、不動産会社の提案は断ることにしました。
人生にとってお金は必要ですが、考えたいのは「人生の幸せ」についてです。夢や目標を実現するためにどう取り組んでいくのか、仕事、健康、家族友人との関係、趣味や社会との関わり方などバランスよく、主体的に考え決めていくことが大切です。今の生活だけでなく、20年後、30年後、その先まで時間軸を長く持ち、人生設計を考えていくのが「ライフプラン」です。「マネープラン」は、ライフプランを実現する費用を準備していくためのお金の計画です。不動産会社の提案はこの視点が欠けていたのかもしれません。

相談のプロセスを整理します。①顧客の持つ漠然とした不安や問題を明確にし、定量的、定性的に情報収集し、顧客の目的やニーズ、優先事項を明確にすること②ライフプランの作成と検討③マネープランの作成。社会保険制度を正しく理解してもらい、特に公的年金制度をベースに老後の設計をし、かつ、自助努力での資産形成の必要性を伝えることが必要です。資産運用については、④投資方針書を作ること⑤金融機関の選択や口座開設、積立投資の手続きなどの実行支援。個人型確定拠出年金(iDeCo)、少額投資非課税制度(NISA)を優先し、投資で重要な「長期・分散・低コスト」の知識を身につけてもらう。投資助言業の登録者なら商品選択やポートフォリオの作成なども行えます。また、高齢期の資産管理方法についてのアドバイスも重要な仕事です。
これらのアドバイスを適切に行うことで、相談者自身が資産の管理運用を実行できることが大切です。そして、環境の変化など必要ならばいつでも相談に応じられることが、「人生の伴走者」たるアドバイザーの役目ではないかと思います。
NISA・iDeCo拡充とFD強化と法規制、同時推進を
「資産所得倍増プラン」が動き出しました。iDeCoやNISAの拡充などが検討されています。国民が総株主になることで、企業成長の果実を国民が享受することを期待しているようです。1998年から20年間をみると、マクロの家計の金融資産は米国では2.7倍、英国では2.3倍へ伸びているのに対し、日本では1.4倍にとどまっています。なぜこんなに差がついたのでしょうか。
実は98年時点の米国の金融資産は日本と大して差はありません。米国の家計ももともとリスク資産を多く保有していたわけではないのです。個人退職勘定(IRA)や確定拠出型年金(401k)プランなどが普及して、つまり政策効果によってリスク資産の保有が増えました。現役時代から投資信託を中心に資産形成を続けた結果、金融資産は20年間で8倍強に増加したのです。一方、日本は貯蓄率が低下傾向、かつ、預貯金の割合が高いため、20年間で2倍にしか増えず、資産形成が効率的に行われてこなかったことが問題視されています。

また、米国では制度面が充実するのに伴って、低コストのインデックス投信が増え、これらを運用に積極的に用いました。日本も「つみたてNISA」ができてから、長期投資に向いた低コストのインデックスファンドが増えました。
そしてもう一つ見逃せないのは、欧米では、金融機関等がもうけるためではなく、顧客の資産を増やすために「顧客本位の業務運営に関する原則(FD=フィデューシャリー・デューティー)」が強化され、法整備されたことです。前回お伝えしましたが、登録投資顧問(RIA)は、顧客に対しFDを履行する責務があります。一方、証券販売業者は、年金資産に関わる投資商品の販売について、顧客の資産状況、金融知識、経験などに基づく適合性原則を満たすことが求められていましたが、FDは負っていませんでした。19年に確定拠出年金等の年金資産への投資助言に関するFDが強化改正され、最善の利益規制が課されました。

米英では独立系の忠実義務を負ったアドバイザー、販売員の増加などの要因もあり、家計資産が増えたのです。顧客から見て、投資アドバイザーの投資助言と証券販売業者が行う推奨行為は判別が難しいという実情がある以上、日本でもFDを課すべきですし、利益相反により投資家がどのくらいの損失を被るのかなどの調査も進めて公表してほしいと思います。
NISAやiDeCoの拡充とともに、アドバイザー・販売員のFDの強化、法規制を三位一体で進める必要があります。また、顧客の最善の利益に尽くすアドバイザーが誰であるのか、国民にわかりやすく、資格制度を再構築することも議論する時期ではないでしょうか。
[日経ヴェリタス「プロが解説」より]

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