「今の私の心境はこの絵。戒めとして覚えておきたい」
この4~6月期だけで3兆円超の巨額赤字を計上したソフトバンクグループ(SBG)。8月、その決算を発表した際、会長兼社長の孫正義は「顰(しかみ)像」と呼ばれる絵を前に心中を語った。徳川家康が三方ケ原の戦いで武田信玄に大敗した際に反省の念を込めて自らの醜態を描かせたとも伝わる。
この日、孫が明らかにしたのが中国アリババ集団株の実質的な一部売却だった。SBGの持ち株は24%から15%に下がり、2000年に出資してから初めてアリババが関連会社から外れる。孫は「守りを固めるため」と言うが苦渋の決断だろう。
アリババ創業者のジャック・マー(馬雲)と初めて会った時のことを、孫は「彼の目にカリスマを見た」と振り返る。わずか5分で投資を決めたという。アリババが事業を始める直前の1999年10月のことだ。
投資だけではない。孫はアリババとの関係を日本での事業成長につなげてきた。例えば2013年にSBG傘下のヤフーで進めたネット通販のてこ入れ。孫は楽天を追い上げるためアリババをまねて出店無料とした。

二人の出会いは中国政府が後に「ネットの長城」と呼ばれた壁を築き上げる直前だった。ネット上の監視システム、いわゆる「金盾工程」だ。当初は主に金融のネット対応が目的だったが当時は天安門事件から10年の節目。公安省がシステム構築を主導することになった。これが08年の北京五輪までに、徐々に当局が国民を監視するために使われるようになった。
米フェイスブックなど西側の主要ネットサービスも遮断された。言論統制だけでなくネットに生まれるデータを自国内にとどめる狙いだ。日本も壁の外だ。グローバル展開を図る日本のスタートアップからは中国という選択肢は外れる。メルカリ社長の山田進太郎も「国策には対抗できない」と話す。
ネットに築かれた「金盾」の壁をすり抜けた孫。この5年はファンドを通じて投資した中国の人工知能(AI)企業と緩やかな連携網を築いてきたが、巨額赤字でそれも仕切り直しだ。
孫とマーの出会いから23年目。近年では中国のゲームや「ティックトック」などが世界に進出するが、見えない壁は今も存在する。この先に、どんな未来が待つのか。(敬称略)

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