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巨大企業に対抗できる手段 Web3の展望 市橋翔太・カナダ クイーンズ大学助教授

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD232PN0T20C22A8000000

 

ポイント
○データはユーザー所有で自由に移動可能
○契約や組織づくりもネット上で完結する
○信頼性は人によらずシステムが担保する

ソーシャルメディアや動画共有サイトなど便利なサービスにあふれるインターネット。しかしいま、ユーザーが生成したデータの対価や利用方法を決めるのはテクノロジー業界の巨人「GAFAM」であって、ユーザーではない。

利用規約に不満があってもサービスを離れることは、ネット上の友人関係などユーザーが築き上げてきたものを手放すことになり、現実的ではない。結果として起きる大企業によるユーザーとデータの囲い込みは、よいアイデアを持つ新規企業の参入を妨げる――以上は、私たちが現在利用するインターネット、ウェブ2.0の問題点だ。

◇   ◇

それを解決する次世代型インターネットとして期待されているのが「ウェブ3」である。怪しげなバズワードとも思われがちだが、本稿ではウェブ3の目指す新しいインターネットのあり方を、「所有」「オープン」「信用」というキーワードから見ていきたい。

一つ目のキーワードは「所有」である。ユーザーが生成したデータを企業が管理する中央集権的なウェブ2.0に対して、ウェブ3ではデータの所有権はユーザーにある。ユーザーは別のソーシャルメディアや別のプラットフォームにある複数のサービスをまたいでデータを持ち歩けるし、データを他のユーザーに売ることもできる。

ではどのように所有権を設定するのか。例えばAさんがある猫の写真データを自分だけが所有したいとする。ウェブ3の解決策は「誰もが参照できるデータベースに『この猫データの所有者はAさんである』と書き込む」ことである。

このデータベースがブロックチェーン(分散型台帳)であり、書き込みとは、猫データにひも付けられた代替できない暗号資産=トークン(これがNFTと呼ばれるもの)を、ブロックチェーン上の記録としてAさんに発行することを意味する。ブロックチェーンは改ざんが困難で特定の企業に管理されていないため、誰かの意図や機械的な不調で所有権が消えたり移転したりといった心配はない。

しかし、デジタルデータは簡単に複製できるはずなのに「ブロックチェーンに書き込んだら所有したことにしよう」というのは子供だましでは、といった問いをよく受ける。作品を鑑賞するというような立場ならその通りかもしれないが、デジタルなのにそのデータの所有権を、唯一無二の記録として表現できるという利点が極めて大きいのだ。

ブロックチェーン上の記録ならデータにひも付いているNFTと仮想通貨を交換、すなわち「データを売る」ことができる。イーサリアムなど暗号資産のプラットフォームであれば、ブロックチェーン上で契約を自動で執行するスマートコントラクトも使える。

例えばウェブ3時代のクリエイターはコンテンツをトークンにして限定枚数売り出し、トークン所有者のみが参加できるイベントを開催したり、ファンの間でトークンが転売されるごとに手数料が入ったりするようスマートコントラクトで定められる。クリエイターはウェブ2.0のようなネット広告によらずコンテンツを収益化できるため、ウェブ3はより価値のあるコンテンツが生まれやすい環境となりうる。

所有できるのはコンテンツだけではない。株式が会社の所有権をあらわすように、トークンを使って「組織」を定めることもできる。DAO(分散型自律組織)とは、特定のトークンの所有者がスマートコントラクトで定められたルールに従って運営していく新しい組織の形である。ウェブ3とは、さまざまな権利をあらわすトークンによってオンライン上の経済活動が媒介される場だとも言える。

ウェブ3のもう一つのキーワードは「オープン」。サービス間に相互運用性があり、コードはオープンソースとして公開されるということだ。例えばオンラインゲーム上で買ったようなアイテムを、仮想空間上の自宅に飾っておくこともできる。またオープンソースということは、既存のサービスに不満があれば、誰でもそれを基に新しいサービスをつくれる。

データの所有権がありオープンであることは、ウェブ2.0の中央集権問題をどう解決するのか。

ウェブ3では、ユーザーのプライバシーに対する需要が高ければ、既存のソーシャルメディアのコードを基に「個人情報をあまり収集しない新しいソーシャルメディア」を立ち上げられる。データの所有権はユーザーにあるため、旧サービスで築き上げた投稿、プロフィル、会話履歴などは簡単に移行でき、相互運用性があるため旧サービスにとどまっている友人にも引き続きメッセージを送れる。ウェブ3における価値は、どれだけのユーザーやデータを囲い込んでいるかではなく、どれだけよい機能を提供できるかで決まる。

ウェブ3を理解するための最後のキーワードが「信用」である。デジタルプラットフォームは規模が小さいうちは新しいユーザーをひきつけるためにお利口に振る舞うが、成長してネットワーク効果によりユーザーが抜けられなくなると、手数料を上げたり個人情報を悪用したりと利益を優先した行動をとりがちだ。

いちはし・しょうた 88年生まれ。スタンフォード大博士。カナダ中銀などを経て現職。専門はミクロ経済理論

米大統領選などで情報が悪用されたケンブリッジ・アナリティカ問題を経たいま、フェイスブック(現メタ)が「今後は個人情報を悪用しません」といっても信用されにくいだろう。ウェブ2.0では「成長してもユーザーを搾取しません」と約束をしたところで、何の保証もない。

一方、ウェブ3で立ち上げられたサービスであれば、スマートコントラクトで「過半数のユーザーの賛成がない限り個人情報の利用規約を変更しない」といった約束をしたり、トークンを使ってサービス管理権限をユーザーに不可逆的に移譲したりできる。プラットフォームが約束を守るかどうかは最高経営責任者(CEO)の人柄ではなくスマートコントラクトのコードを見れば証明できる。

ウェブ3は「巨大化したプラットフォームがネットワーク効果にあぐらをかいてユーザーを搾取する」というウェブ2.0の問題を解決し、そこから生まれた価値をみなで分かちあう可能性を提供できるのだ。

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ここまで理想郷としてのウェブ3を議論してきたが、現状ではウェブ3向けのインフラやアプリケーションを使う技術的な難度は高い。またインターネットという外部性あふれる世界で、分権的な管理体系が中央集権的なサービスより本当に優れているのかという疑問もある。ウェブ2.0がウェブ3に取って代わられるというより、サービスの種類によってはウェブ3版が出てくると考えるほうが現実的かもしれない。

いずれにせよ、デジタル財に所有権を設定することで、価値を生みだした者が報われるような仕組みを、トークンで分権的に実現する――というウェブ3のアイデアは、実行するだけの価値があると考える。