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〈科学の絶景〉要衝・沖ノ鳥島、沈没まで「16センチ」 EEZの中心、海底で地滑りも

ドローンで上空から沖ノ鳥島の姿をとらえた(東京都提供の動画より)

ドローンで上空から沖ノ鳥島の姿をとらえた(東京都提供の動画より)

 

あったぞ――。なくてはならないその姿を目にし、胸をなで下ろしたに違いない。東京都と東海大学の調査船が絶海に浮かぶ沖ノ鳥島(東京都小笠原村)にたどりついた。

島の周囲は、日本が天然資源の開発や科学調査を自由にできる排他的経済水域(EEZ)が国土面積を上回る約40万平方キロメートルにわたって広がる。日本のEEZは約405万平方キロメートル。島が消えれば主権や管轄権が及ぶ日本の海は後退する。

 

 

 

既に島は東西約4.5キロメートル、南北約1.7キロメートルの地形のうち、2つで4畳半程度との指摘もある「東小島」と「北小島」が海面から顔をのぞかせているにすぎない。約2000万年前以前にできた火山島が水没し、上に乗ったサンゴ礁が島の土台だ。台風や大きな波による浸食が続いた。

国連海洋法条約の第121条第1項は、高潮時にも水面上にある自然にできた陸地を島と呼ぶ。沖ノ鳥島が海上に顔を出していなければ島から約370キロメートルの範囲がもたらすEEZが幻になると日本は身構える。

2021年12月の調査で都と東海大の一行は島を遠巻きにし、船からドローン(小型無人機)を飛ばした。22年春にまとめた調査報告書によると「(島の)外観上の特段の変化はない」。島の詳細を伝える調査は16年ぶりだった。

だが、ほっとしたのもつかの間。島周辺の海底地形を音波で探ると南西部に海底地滑りを疑う痕跡が見つかった。海上保安庁の海底地形図(1991年)データにはなく、その後に起きた恐れがある。土台が揺らげば島の存亡に関わる。

政府は過去に数々の手を打ってきた。87~93年、小島の水没を防ごうと鉄の塊や護岸で囲んだ。事業費1600億円の整備も進む。サンゴの砂が堆積し、陸地になるのにも期待する。

 

しかし温暖化が招く海面上昇などの脅威を前に、このままの戦略でいいのかどうかは見通せない。そして対策の評価には島をよく知る必要があるが、水没は許さぬという関係者の執念は沖ノ鳥島を秘密のベールに包んでいく。誰も今の島の正確な高さを知らない。

「沖ノ鳥島は公式の満潮位がなく、満潮位からの島の高さは具体的な数値がない」(国土交通省京浜河川事務所)。専門家の1人は「国は島の高さを知り得るが、公にする利点がないのだろう」とおもんばかる。

実際はどうなのか。国会(08年)の議事録に「島の高さは平均水面から北小島で1メートル、東小島で0.9メートル」との政府証言が残る。海上保安庁には、沖ノ鳥島の最高水面は平均水面から0.84メートルとの記録があった。単純計算で陸地の高さは北小島で16センチメートル、東小島で6センチメートル。わずかだ。それでも正確な記録が「ない」ことにすれば沈まない。

 

沖ノ鳥島の南西部(左)に海底地滑りの疑いがある痕跡が見つかった=東京都提供

沖ノ鳥島の南西部(左)に海底地滑りの疑いがある痕跡が見つかった=東京都提供

 

沖ノ鳥島のEEZを日本が必要とする理由は、地政学上の位置にある。政府はこの海域で貴重な資源のコバルトやニッケルが採れるともくろむ。米グアムと沖縄を結ぶ海上ルートに入り、台湾有事の際に日米の連携を助けるとする声もあがる。

21年、沖ノ鳥島のEEZに中国の調査船がいた。かねて中国は、沖ノ鳥島は岩でEEZは持てないと異を唱えてきた。日本が島の実像を明かさないのは、挑発に乗らないためでもある。

そんな水没の危機と戦う沖ノ鳥島に新たな大波が押し寄せている。「そこで暮らせるの?」。EEZの維持に、酷な問いが突きつけられた。事態が急転したのは、南シナ海へ進出する中国にあらがうフィリピンの申し立てに対し、仲裁裁判所が16年7月に示した解釈だった。

島のような地形にEEZなどを際限なく設ければ混乱する。曖昧だった国連海洋法条約の条文について裁判所は、権利を持つのは居住または独自の経済生活ができる地形だとし、その内容に踏み込んだ。今思えば同条約は第121条で島や岩に等しく権利があるわけではないと匂わせていた。

沖ノ鳥島は「本籍地に選ぶ人もいる」(小笠原村役場)が無人だ。生活を重んじる裁判所の解釈がまかり通れば水没せずともEEZのために別の説明が要る。海上の小島を守り抜けば十分とする日本の立場は「議論の余地は残るが今後は厳しい」(西村弓東京大学教授)という見方が大勢だ。

解釈が分かれる条文の下、何が正義かの答えはない。行動が秩序を決める。

中部大学の加々美康彦教授によると、米国やフランス領には高潮時に水没の疑いがある陸地でもEEZを維持する例がある。太平洋の島しょ国などは温暖化に伴う海面上昇で陸地を失う時代にも海の権利を保てるよう知恵を絞るという。

「沖ノ鳥島を守るには土木工事ありきではなく、生態系の保護を訴えるなど、しなやかな発想が必要だ」(加々美教授)

(サイエンスエディター 加藤宏志)