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相続節税、イタチごっこ 不動産「小口化」市場が急伸

ここにきて都心オフィスビルなどを共同で所有する「不動産小口化商品」が急伸している。2015年の基礎控除縮小で中流層も課税対象になり、高齢者らの関心は高まる一方。節税効果に目を奪われ、リスクが過小評価される可能性もある。

 

東京・豊洲の商業ビル「セレサージュ豊洲」はコスモスイニシアが展開する不動産小口化商品のひとつだ。東京オリンピック会場に近い豊洲エリアは再開発で子育て世代が増え、このビルも学習塾「早稲田アカデミー」などのテナントで埋まっている。

セレサージュ豊洲を所有する任意組合への出資は1口500万円で2口から。投資家は相続節税を目的とする高齢者が目立つ。神奈川県在住の二宮太郎さん(仮名、78)はマンション1戸よりも少額から始められるうえ、「子ども2人に相続するときに分けやすい」とみて4000万円を投じた。

「これからは都心のビルを小口化して所有する」。新幹線の車内広告にも不動産小口化商品のセールストークが躍る。13年度末に473億円だった任意組合型の累計募集額は20年度末に3倍の1447億円にのぼった。足元で2000億円規模に積み上がったとの見方がある。信託法に基づく商品を含めると、さらにふくらむ。

大手の青山財産ネットワークスは「相続課税が強化された15年以降に商品供給が増えた」(東川亨FTK推進部部長)という。15年に相続税の基礎控除が縮小され、都市部に持ち家のある中流層が広く課税対象になった。家賃収入による分配金に加えて相続税の財産評価を下げたい高齢者が小口化不動産を買っているのだ。

配偶者と子ども2人が法定相続人の場合の基礎控除は、8000万円から4800万円になった。東京都では15年、亡くなった人のうち相続税がかかる割合が16%と前年の10%から跳ね上がった。夫婦の一方が先に亡くなる「1次相続」で残された配偶者の相続分は1億6000万円まで非課税のため、世帯単位では課税対象の割合はもっと高いとみられる。

資産を現金などから不動産に移しておくのは、相続節税の常とう手段だ。土地は実勢価格の約8割の路線価、建物は固定資産税評価額で計算するため、現金での相続に比べて節税になる。賃貸アパートなどに使っている「貸家建付地」、200平方メートルまでの「小規模宅地」とみなされれば、2000万円で買った小口化不動産の評価が最終的に400万~600万円ほどに下がる場合がある。

富裕層によるタワーマンションの高級住戸などの取得や地主の賃貸マンション経営といった節税スキームは、中流層には難しかった。これに対して、資産価値が落ちにくい都心一等地の不動産を1口数百万円から買える小口化不動産は投資家の裾野がはるかに広く、資金が集まりやすい。

ただし、投資リスクが消えるわけではない。サンフロンティア不動産の荒井徹也コンサルティング事業部長は「運用期間が終わるタイミングが、リーマン・ショックのように市況が悪い場合は元本割れするリスクがある。『出口戦略』をよく考えて購入の判断をするべきだ」と指摘する。

小口化不動産は「資産圧縮」「納税額軽減」など、あからさまに相続節税メリットをうたった広告も多い。ある国税幹部は「税務上問題になるかどうかは、個別のケースを検討しないと分からない」との原則を前置きしたうえで「興味深く、注視している」と問題意識をにじませる。

FP総合研究所の松原健司代表理事は「相続前後に短期売買したりすると、当局から目をつけられる可能性が高い」と分析する。相続の発生時期は予想できず、そのときまでに相続税制が変わっているかもしれない。

「新しい資本主義」で分配を重んじる岸田文雄政権の下、23年度の税制改正大綱では生前贈与の見直しが議論される可能性が浮上している。もらう人1人当たり年110万円までの非課税枠が縮小されるとの見方があり、これが現実になれば中流層の節税対策は過熱しそうだ。

相続財産評価の実務ルールは国税庁の「財産評価基本通達」であり、節税スキームの規制も国税当局の裁量という面がある。当局は通達に基づく相続税申告が「著しく不適当」である場合、国税庁長官の指示を受けて再評価できる。節税目的で肥大化しつつある小口化不動産がどう扱われるか、業界関係者は当局のさじ加減に神経をとがらせている。

〈Review 記者から〉問われる「公平・中立・簡素」

最高裁は4月、借入金とマンション取得を組み合わせた極端な相続節税について、国税当局の課税を容認する判決を出した。多額の財産を背景として高齢者には異例の高額ローンを組んだ事例で、最高裁は「租税負担の公平に反する」と判断した。

税理士業界でも「あの節税はやり過ぎだ」(フジ相続税理士法人の高原誠税理士)との声が多い。ただし、節税スキームの骨格は一般的なものだけに、極端かどうかの線引きがはっきりしないと「後出しジャンケン」との不満を招きかねない。

21年度の相続税収は2兆7702億円と国税の3.9%ほどだが、一人ひとりの納税者にとっては金額が大きい。節税ニーズは強く、過去にも不動産会社などが地主層に薦める賃貸アパート経営の失敗などが問題になってきた。

15年の基礎控除縮小により、相続財産が1億円未満の中流層の負担も重くなった。これに合わせて教育資金や結婚資金を贈与する場合の非課税枠を設けた。現役世代への資産移転によって景気浮揚につなげる狙いだったが、富の再分配という税の本来的な役割になじまないご都合主義が否めない。

相続税制は国による違いが大きい。シンガポール、豪州などは相続税がない。米国は基礎控除が大きく、ごく限られた富裕層しか課税されない。中流層に課税を広げた日本の相続税制は、税の3原則「公平、中立、簡素」に照らして検証すべき時期にきている。

(燧芽実、原欣宏)

日本の相続税 日露戦争の戦費調達のため1905年に導入された。第2次世界大戦後はGHQ(連合国軍総司令部)が財閥などに富を集中させないよう税率の引き上げを求めた。累進の最高税率はかつて90%に達しており、「3代で財産がなくなる」といわれていた。
税務申告ベースでは20年に亡くなった約137万人の8.8%に相当する約12万人が残した財産が課税対象になった。相続財産は約17兆4000億円で、土地と家屋が合わせて40%、現金などが34%を占める。
相続発生時に亡くなった人と相続人がともに10年を超えて海外に住んでいれば海外財産に相続税はかからない。超富裕層は節税目的で海外移住することがあり、法改正で5年超から10年超になった。