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円安バイアスの時代 迫られる経済活動の発想転換

長らく日本は「円高バイアス」を前提にした経済活動を志向してきた。経済活動の最大のテーマは円高の回避であり、日本企業は相次いで生産拠点を海外に移転。その結果、直近10年間のうち、7年間が貿易赤字という経済構造の大転換が生じ、もはや日本は輸出大国と呼べなくなった。そして、円安バイアス時代の到来を決定づけたのが、新型コロナウイルス下の歴史的なインフレに伴う「悪い円安」。今後、経済活動のテーマは円安の回避へと移っていくだろう。

外国為替市場では今年、米国の金融政策、具体的には3月から始まった利上げが最大の材料になった。実際、円相場と日米長期金利差のグラフを並べてみると、きれいに同じ軌道を描く。ところが夏場以降、2本のグラフに乖離(かいり)が生じ始めた。市場では様々な理由が挙げられたが、みずほ銀行の唐鎌大輔氏は「需給面での円売り圧力が寄与した疑いが濃厚だ」と指摘する。

そこで今年の貿易収支をたどってみる。ずっと赤字が続いてきたが、5月以降は1兆円を超える規模に膨らんだ。相場動向に敏感な投資家の為替売買と異なり、貿易に伴う企業の為替売買は、すぐに発生するとは限らない。輸入物価の高騰を受け、想定以上のドル資金の調達を迫られた結果、夏場にかけて金利差と関係ない円売り・ドル買いが膨らんだと考えれば、夏以降の2本のグラフの乖離も納得できるというわけだ。

輸入価格の高騰を輸出価格への転嫁で賄いきれない「悪い円安」の兆候が明確に表れ始めたのは1年ほど前のこと。今年に入り、ロシアによるウクライナ侵攻がエネルギー価格の高騰を招いたことで「悪い円安」に拍車がかかった。ところがコロナ下の歴史的なインフレ局面でも、日本は染みついたデフレ心理を払拭できず、円安によるコスト上昇が企業や個人の景況感をむしばむ悪循環に陥った。

インフレが終息に向かえば、円安も収まるだろうか。だが、この10年間に築かれた貿易赤字の構造が一過性でない以上、循環的な円高局面が訪れたとしても、需給面での円売り圧力は収まらない。

JPモルガン・チェース銀行の佐々木融氏は円安バイアスの時代が長期化すると読む。現状は過去に積み上がった海外投資が生み出す大規模な第1次所得収支の黒字があるため、経常赤字に陥る事態に至っていない。今年上半期も貿易赤字を所得収支の黒字で賄い、経常黒字を確保した。だが佐々木氏は「貿易赤字で海外投資がしぼむ以上、いずれ所得収支の黒字も目減りしていく。需給面の円売り圧力は長引く可能性が高い」と分析する。

円安バイアスの時代に日本経済を再生させるには、経済活動も発想の転換を求められる。たとえば企業の場合、円安の恩恵を受けやすい国内への生産拠点の回帰が選択肢に挙がる。海外の人件費上昇や経済安全保障を巡る環境変化も国内回帰の背を押す。国際収支上、輸出と同じ効果を持つインバウンド(訪日外国人)需要の拡大に活路を求める道もある。

個人はどうすればいいか。考え得るのは保有資産の国際分散だ。円資産に偏れば、円安による資産増の効果を得られない。円安バイアスの時代には、日本よりも成長力の大きい国の資産を保有する魅力が高まりやすい。

貿易赤字が常態化するにつれ、輸出大国の看板を掲げて急成長した時代は確実に遠ざかる。未来に向けて経済大国の地位を守るには、経済構造を柔軟に修正し、円安バイアスの時代を前提に置いた経済活動の確立が求められるのではないか。