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大麻解禁のタイ、生産登録100万人 観光客使用に懸念も

使用・販売できるのは健康や医療目的で娯楽目的は禁じられるが、外国人旅行客の間で使用が広がる懸念がある。

バンコク北東部サラブリー県にある国内最大級の大麻生産地。栽培施設の一つを訪れると、青々と茂る高さ約3メートルの大麻草を前に担当者が栽培方法を指南していた。講座に参加した不動産業のミッキーさん(52)は大麻を加えた料理を口にしたところ「急に食欲がわいた」と話す。6月から自宅で大麻草2本を育てており、「数百本植えて大麻を販売したい」という。

大麻草が生い茂る栽培施設で地元当局者らを案内する担当者㊨(6月17日、バンコク北東部サラブリー県)

タイ政府は6月9日、麻薬として禁止するリストから大麻を除外した。20歳以上であれば届け出をするだけで大麻を栽培することを容認。幻覚作用のあるテトラヒドロカンナビノール(THC)の含有率を0.2%以下に抑えた大麻抽出物を、健康や医療目的で使用・販売できるようにした。娯楽目的では現在も禁止している。

保健省によると、大麻栽培を届け出る専用アプリの登録者数は15日時点で105万人に達した。アプリの閲覧回数は累計で4631万回となり、人口約6600万人のタイの人々の関心の高さがうかがえる。

タイでは数百年にわたって民間療法や伝統料理に大麻が使われてきた。

「独りぼっちのさみしさも大麻はまぎらわせてくれる」。タイ東北部ナコンラチャシマ県で作曲家ペープントーンさん(72)は7月上旬、自作の歌「天国からの花」を口ずさんだ。大麻は昔から周辺の農村で公然と栽培されてきた。自身も50年以上の大麻吸引歴があり、「いい音楽には大麻が欠かせない」と笑う。

英調査会社プロヒビション・パートナーズなどによると、タイはアジア最大の大麻市場だ。アジア全体では世界の他の地域より高い成長が見込まれ、市場規模は19年の3200億円から27年に3兆1600億円規模になるとの推計もある。

大麻は常用者が依存症に陥る可能性があるだけでなく、無関係の人にも害が及びかねない。タイ小児科学会によると、6月21~30日の間に20歳未満の子ども9人が大麻の中毒症状を示し、そのうち3人は意図せず大麻を摂取していた。

チュラロンコン大学は市販の「大麻飲料」約30品のうち3割以上でTHCが規定量を超えていたとする調査結果を公表した。クアカルン准教授は販売業者の一部は抽出成分の量の基準を理解していないと指摘したうえで「健康や社会への影響を十分検証せずに解禁した」と政府を批判する。

「大麻でハイになろう」。バンコクで人気の観光地カオサン通りでは、大麻販売店の男性が道行く観光客に声をかける。手にする料金表には、乾燥大麻の花3品種の写真とともに「1グラム600バーツ(約2280円)」「THC含有率22~28%」などと記されている。

大麻販売店は喫煙用に大麻の葉を紙に巻いて提供する(6月29日、バンコク)

ロンドンから新婚旅行で訪れたソフィアさん(25)は「英国では知り合いのつてがないと手に入らない。こんな簡単に手に入るなんて」と興奮気味に語る。本物の大麻を見るのは初めてという韓国人女性(26)は「少し怖いけどここでしかできない体験をしたい」と話す。中には禁止されている公共の場で吸引している人もいる。

観光大国のタイが大麻を解禁したことで、多くの外国人観光客が安易に大麻を手にする懸念がある。大麻を規制する国では自国民にタイで大麻を使用しないよう呼びかけている。日本の大麻取締法は海外で大麻を所持した場合、国外犯規定が適用される場合があると定めている。

タイ副首相兼保健相「外国人も厳しく処罰」

タイのアヌティン副首相兼保健相は日本経済新聞の取材に対し、政府が大麻の個人使用や栽培を認めたことについて「完全な自由化ではない」と述べた。大麻の使用を目的とした外国人客が増えるとの懸念があるが、政府は観光誘致を目的とした宣伝を禁じるなどの対策をとる。大麻の乱用は「外国人も厳しく処罰する」とくぎを刺した。

アヌティン副首相兼保健相=ロイター

アヌティン氏は連立政権の第2党「タイの誇り党」の党首で、2019年の総選挙では大麻の合法化を訴えた。同党は軍事政権の首相だったプラユット氏の続投を支え、連立政権内で強い発言権を持つ。総選挙後にアヌティン氏は保健相に任命され、大麻の規制緩和を推し進めた。

アヌティン氏は「大麻は100億~150億㌦の市場機会を創出する」と強調。農家が換金作物として栽培すれば所得向上につながるほか、大麻の流通拡大でより安価な医薬品の開発にもつながると主張した。同氏は5月にタイ全土の世帯に大麻100万本を無償配布することを表明していた。

政府は6月9日に規制する麻薬リストから大麻を外した。公共の場での喫煙や幻覚作用のある成分テトラヒドロカンナビノール(THC)を0.2%を超えて含む抽出物を所持・流通させるのは引き続き違法となる。

もっとも、大麻の消費は法的にグレーゾーンな部分が残る。自家栽培した大麻の健康増進や医療目的での使用は認められているが、娯楽など他の目的での使用を取り締まる規制が整っていないためだ。

観光産業の振興が大麻解禁の目的の一つだとする見方については「全くの誤解だ」と否定した。「観光客に大麻パーティーの会場を提供する方針は我々にはない」と述べ、大麻を全面に出した観光誘致の宣伝や看板の掲示は処罰される可能性があると警告した。

大麻を違法に国外に持ち出すケースも増える恐れがある。6月下旬にはブラジル人の学生(25歳)がタイから2.8グラムの大麻を持ち込んだとしてインドネシアのバリ島で逮捕された。タイメディアによると、学生は「インドネシアが大麻の持ち込みを禁止していることを知らなかった」と供述しているという。

アヌティン氏は「各国の法律については渡航前に調べておく必要がある」と述べるにとどめた。