教育格差の処方箋(上) 幼少期の学習支援、最重要 マティアス・デゥプケ ノースウエスタン大学教授

質の高い教育をすべての人に提供すべきだとの理想を掲げ、そうすればどんな環境に生まれた子供でも、成功する機会を平等に手にすることができると考えた。

 

今日では、多くの国の教育制度がこの理想の下に構築されている。無料の公立学校、大学への公的助成、全国統一のカリキュラムなどはその代表例だ。

それでも現実は、万人に平等な教育機会を目指す理想には届いていない。経済協力開発機構(OECD)が実施する学習到達度調査(PISA)は、生徒の学校での成績は今なお経済的・社会的背景に大きく左右されることを示している。

OECD全加盟国で社会的・経済的階層が上位25%に属する子供は、下位25%に属する子供より数学と読解力の成績が大幅に良い。上位25%と下位25%の差は平均して教育2年分以上に相当するという。平均点が非常に高い国(例えば数学は日本、読解力はカナダ)でさえ、下位25%に属する子供の成績はOECD全加盟国平均を大幅に下回る。

 

コロナ禍により教育不平等は一層拡大している。学校閉鎖により、21年春までの1年間で子供たちは平均17週間、学校教育を受けられなかった。対面授業がオンライン学習や自宅学習に切り替えられたが、学校閉鎖は子供たちの学習に重大な負の影響を及ぼした。最も深刻な影響を受けたのは社会的・経済的に最も低い階層に属する子供たちだ。

オランダのデータに基づくある研究では、低所得世帯の子供は学習進捗度が遅れただけでなく、コロナ禍前に習得したスキルの一部を失ったという。全体として、不利な環境に置かれた子供が受けた悪影響は平均より40%も大きかった。

教育不平等の拡大は2つの重大なリスクを招く。

第1に現代の経済成長の原動力となるのは、人的資本の蓄積、すなわち労働力人口の教育、知識、スキルの積み重ねだ。富裕な世帯の子供だけが教育を通じて知識とスキルを身につけるとしたら、社会における人的資本の蓄積は必然的に滞る。そうなれば経済成長は落ち込み、停滞しかねない。

第2に教育の不平等は社会的移動性と密接な関係にある。低所得世帯の子供が社会の階段を上り詰め、経済的・社会的に成功することを阻む公的・法的な障壁はほぼ存在しない。それでも多くのデータが、教育機会の平等という理想が実現されていないことを示す。低所得世帯出身の子供に地位向上のチャンスがなければ、社会の絆や自由民主主義への支持は危うくなる。

多くの国で社会の二極化現象がみられ、大衆迎合的な政党や政治家が勢力を伸長している。こうした傾向の一因は経済の停滞、不平等の拡大、社会的移動性の低下にあると考えられる。

この状況は一段と深刻化しかねない。不平等の拡大と社会的移動性の低下は相互に影響を及ぼすからだ。不平等な国ほど教育面での世代間移動性が低い。すなわち親世代と子世代の間で学校教育を受けた年数には相関性がある(図参照)。

この関係性から、経済的不平等が拡大する現在の傾向は教育の不平等を一層深刻化させると考えられる。そうなれば経済は減速・停滞し、社会的移動性は一層低下すると懸念される。

この悪循環を断ち切るには、教育不平等の根本的原因が何かを理解する必要がある。最近の研究は、今日の生徒にみられる不平等の多くが、学校の外で得られるリソース(資源)や教育的配慮や支援といった要素に起因することを示す。

実は不平等の多くは、おおむね4歳までというごく早い時期に現れる。ほとんどの国で義務教育が始まる前だ。最近の研究では、幼少期に習得したスキルが子供の長期的な成功に重要な影響を与えることが指摘されている。ここでいうスキルとは読み書きといった計測可能なスキルではなく、やる気や根気やがんばりといったしばしば「非認知能力」に分類されるものだ。

大切な非認知能力を育むには、ごく幼いうちに子供と養育者の間に質の高い意思疎通やふれ合いがなされることが欠かせない。異なる社会的背景を持つ子供の間で不平等が最も顕在化するのは、この幼少期なのだ。

ひとり親家庭では、親は多くの時間を労働に費やすため子供とふれ合う時間を十分に確保できないし、良質の保育者を雇う資金もない。一方、富裕な親ほど子供に費やす時間が多く、教育的な活動を重視する傾向がある。その結果、子供が小学校に入る年齢に達するときには、スキルに既に大きな差が出ている。学校がどの子供にも同じ量の学びを与えられても、当初のスキルの格差により結局は全般的な教育の不平等が形成されていくことになる。

教育格差は、学校外でのリソースや教育へのアクセスの不平等によっても増幅される。多くの国で富裕な親は、時間とリソースを投じて子供の学校の勉強を手伝ったり教えたり、心身を豊かに育む体験をさせたりする。だが貧しい家庭にはその余裕はない。こうした不平等は、コロナ禍による学校閉鎖が不均等な影響を及ぼした大きな原因でもある。オンライン学習などで親が子供の学習の指導や手助けをする場合にも、教育水準の高い親の方がうまく対応できる可能性が高い。

時間の制約も重要な要因となる。教育水準の高い親の多くは専門職、管理職、研究職などオフィスでできる仕事をしており、在宅勤務も比較的容易だ。対照的に教育水準の低い親は在宅勤務がしにくい外での仕事に従事することが多い。外で働くとなれば、当然ながら学校閉鎖中に子供の学習を手伝う時間は限られる。

政策当局は、教育不平等の拡大と社会的移動性の低下に歯止めをかける必要がある。貧しい世帯の子供により良い機会を与えるためにできることは数多い。

第1に実行すべき政策は、幼少期に未就学児向けの質の高い保育と教育を提供し、平等化を促す仕組みとしての教育の役割を強化することだ。幼少期のスキル形成が決定的に重要だから、すべての子供にしかるべきリソースを提供すれば大きな効果が期待できる。

第2に子育て支援を手厚くすることだ。育児手当の支給のほか、育児休暇、親向けのカウンセリングや育児学級などが考えられる。育児を父親と母親が平等に分担できるよう支援を拡充することにも教育面への好影響があると期待できる。

最後にすべての子供は平等な機会を得るべきだが、子供の才能、能力、興味は一人ひとり異なることを政策担当者はよく認識する必要がある。大学教育がどの子供にとっても最善とは限らない。やりがいがあり満足度の高い職業の多くが、学校で習得できる形式知よりも実践的なスキルや能力に依存する。教育不平等への取り組みは、経済的成功への異なる道筋を用意することでもある。そうすれば、子供一人ひとりに能力を最もよく発揮するチャンスを与えられるだろう。

 

<ポイント>
○教育不平等の拡大で社会的移動性は低下
○4歳までの習得スキルは将来への影響大
○政策当局は平等化促す教育の役割強化を

Matthias Doepke シカゴ大博士(経済学)。専門は経済成長・発展論、家族経済学、教育経済学