https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM023NT0S2A800C2000000

茶文化の中国で、カフェブームが勃興している。21年の中国の民間調査によると、上海のコーヒー店数は6913店で、東京、ロンドンなどを上回り、世界一だった。米スターバックスが17年にコーヒー豆を焙煎(ばいせん)する設備を持つ大型店舗「リザーブ・ロースタリー」を上海市内にオープン、米ブルーボトルコーヒーも今年、中国本土初の店舗を開店した。

ただ国際会計事務所のデロイトが21年に発表したリポートによると、中国人のコーヒー消費量は年平均9杯と、韓国(367杯)、米国(329杯)に遠く及ばない。中国のコーヒー市場規模は23年に1806億元(約3兆6000億円)に達する見通しとはいえ、ここまでカフェが増えた理由はなにか。
答えの一つが、カフェでチャイニーズ・ドリームをつかもうとする若者の存在だ。
1993年生まれの宋偉哲(28)さんは17年、上海市内に1軒のカフェを開いた。店名は「郵局珈琲舗」。中国の郵便局をモチーフにしたカフェで、元新聞販売店だったカフェは面積が1平方㍍しかなかった。
「『技術を身につけろ』という父親の一言で始めた内装の仕事に全く関心を持てなかった」という宋さんは、内装業を辞めた後、社員として勤めたケーキ店で生まれて初めて飲んだコーヒーに衝撃を受け、カフェによる創業を決めた。店舗面積が1平方㍍だったのは、宋さんの開店資金が「3万元(約60万円)しかなかったから」だ。

開店したカフェは世界最小のカフェとして中国国内で話題となり、行列ができる繁盛店となった。「上海市の老舗カフェチェーンから買収したいという提案もあった」(宋さん)。賃貸契約更新などに伴う移転・閉店を経て、現在は知人のカフェを手伝いながら新しい店の開店準備を行う宋さんの夢は「将来カフェ3店舗とキッチンカーを持つこと」という。
カフェによるチャイニーズ・ドリーム実現には輝かしい前例がある。新興チェーン「マナーコーヒー」の創業者、韓玉龍氏だ。上海市の繁華街の路地裏に開いた2平方㍍のカフェから全国展開を果たし、21年に出前アプリ最大手の美団と動画投稿アプリ「TikTok(ティックトック)」や「抖音(ドウイン)」を運営する字節跳動(バイトダンス)から出資を受けるに至った。中国のカフェを代表するユニコーン(企業価値10億ドル以上の未上場企業)となり、新規株式公開(IPO)の噂がささやかれる。

中国の16~24歳の若年失業率は6月、19.3%と最高を更新した。大卒でも希望の職につけず、涙をのむ学生が少なくない。不動産価格の高騰で所得格差が拡大し、特別な資産や学歴を持たない一般の若者は閉塞感が強まる。そんな若者にとってコーヒーマシン1台でスタートでき、高額な開業資金が不要なカフェは夢実現への近道に映る。
もちろん成功は容易ではない。開店したものの大手チェーンと差異化できず収益化に失敗し、短期間で閉店せざるをえないカフェも少なくない。米スターバックスを中国の店舗数で初めて抜いたチェーンとなった瑞幸咖啡(ラッキンコーヒー)は20年に不正会計が発覚し、米ナスダック証券取引所を上場廃止となった。投資家からの期待に応えようと成長を急いだツケを払わされた。
一握りの成功者と無数の敗者――。チャイニーズ・ドリームを背景に中国で勃興するカフェブーム。それは混沌の中で成長を続ける中国の姿見でもある。

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