中国不動産、砂上の楼閣 完成遅延で住宅ローンの不払い広がる

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO63381490S2A810C2TM5000

 

それから4年、36歳になった音楽家はまだ鍵の引き渡しを待っている。

購入したのは、中国全土で完成が遅れている数万件の住宅プロジェクトの一つだ。政府のゼロコロナ政策で演奏会はほぼなく、支払いはカードに頼り、借金はますます膨らんでいる。「これより下はないと思ってきたが、底にいても踏みつけられる可能性があるとわかった」

彼はキレた。7月の返済分2千元を最後に支払いをやめ、このひと月で「住宅ローン支払い拒否」を決めた全国数十万人の列に加わった。メッセージは単純だ。住宅が完成するまで、ローンを払わない。

これまでに99の都市で、少なくとも320物件が支払い拒否の影響を受けているという。多くは巨大プロジェクトで、少なくとも1千戸、大きなものでは5千~6千戸の規模だ。大半は中央部または西部に位置し、チェン氏が物件を購入した河南省が20%を占める。開発業者の債務、販売の落ち込み、物件の売却代金を他の物件に流用する違法な慣行などにより、危機は頂点に達しつつある。

住宅ローン支払い拒否が広がれば、習近平(シー・ジンピン)国家主席が3期目を目指す党大会を数カ月後に控え、最も望まないこと、社会不安が引き起こされるかもしれない。

不動産業界の危機は、過剰な借金依存を抑えようとする政府の取り組みが本格化した、21年夏に膨れ上がった。バンク・オブ・アメリカ・グローバル・リサーチの推定では、21年7月からの1年間に不動産業者34社が発行したドル建て社債836億5千万ドル(約11.3兆円)が債務不履行に陥った。開発業者上位100社の売上高は22年1~6月期に半減した。

住宅ローン支払い拒否は、中国の不動産市場の事業モデル自体に疑問を投げかけている。新築住宅の90%近くが完成前に販売され、全額を前払いしなければならない。過去10年をみると、開発業者の資金調達の半分以上が事前販売代金で賄われ、銀行融資は15%未満にとどまっている。

中国の規制では、事前販売代金の一部を第三者預託口座に保管し、銀行が管理する必要がある。銀行は工事進行に応じて開発業者に資金を振り込む。しかし実際には、代金の流用や新たな土地購入に使われることも多いという。

野村証券によると、中国の開発業者が13~20年に事前販売した住宅のうち、6割程度しか引き渡されていない。一方、この間に中国の住宅ローン残高は約26兆元増えた。そして21年には建設停止になったプロジェクトは全体の2割に達する可能性があるという

S&Pグローバル・レーティングスは住宅ローン支払い拒否により、約1兆元の銀行融資がリスクにさらされうると推定している。

一方、中国農業銀行(ABC)の投資銀行部門ABCインターナショナルのアナリストは、規制強化の動きと並行して、銀行が住宅ローン貸し出しを増やし、利率を下げ、地方政府が不動産市場の規制緩和を続けるという救済措置の可能性に言及した。国営企業が肩代わりすることもありうると述べた。国営企業は資金が潤沢なので、建設を再開できると考えられている。

規制当局が住宅ローン返済の猶予期間を設け、不動産会社に公的資金を注入する基金をつくる可能性がある、との報道もある。

しかし、そうした解決策にはリスクも伴う。野村の中国首席エコノミスト、陸挺氏は「深刻なモラルハザード」を引き起こす問題がある、と警告した。

そしてより大きな問題は、中国の不動産市場がどうなるか、03~16年だったとみられる最盛期は終わったのか、ということだ。S&Pは最近のリポートで、22年は不動産販売の大幅な減少を予想し、デフォルトが増える可能性があると述べている。

中国は22年前半、必要な頭金の割合と住宅ローン金利を引き下げた。野村はそれでも、不動産市場が年後半に回復するとはみていない。スタンダードチャータード銀行の中華圏首席エコノミスト、丁爽氏は、住宅購入者が民間の開発業者に対する信頼を取り戻せるかどうかが鍵だと指摘する。「高齢化、出生率と婚姻率の低下で中国の都市化の伸びも減速しており、不動産開発がピークを過ぎたことを示している」

EFGアセットマネジメントの中国株ファンドマネジャー、デイジー・リー氏も、最高の時期が過ぎた可能性があることに同意した。「これまで不動産が主な投資先だったが、信頼感が下がるにつれ、自動車など他の分野に移っている」

チェン氏は、自分のマンション建設が近く再開される見込みはほとんどないとみている。「腐ってしまったのは貯金をつぎ込んだ家ではない。私の人生だ」

(香港=周衞)