不動産「活況」の死角 迫るビル大量供給、変調の兆しは

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シンガポールの投資ファンド、QIPのピーター・ヤング最高経営責任者(CEO)は自信をみせる。同社は日本の大都市のマンションを投資対象とするファンドを組成し、大阪と名古屋の3物件を4000万ドル(約53億円)で取得したと6月上旬に発表した。

不動産サービス大手CBREによると、日本の不動産取引額は新型コロナウイルス感染が広がった2020年以降、2年連続で4兆円近くに到達。19年の約3兆7000億円を上回っている。

海外勢の国内不動産投資は依然活発

コロナ禍やインフレ高進で世界経済の不確実性が高まるなかでも、日本のオフィスビルや物流施設は賃料収入を安定的に生み出し続けている。日本の市場規模はアジア有数で借入金の調達金利も低い。大幅な値上がり益は期待しにくくても、一定の利回りを確保したい国内外の投資家には魅力的な市場に映る。

特に目を引くのが海外勢の活発な投資だ。シンガポールの政府系ファンドGICが西武ホールディングスから「ザ・プリンスパークタワー東京」(東京・港)や「苗場プリンスホテル」(新潟県)などを計1471億円で取得。カタール投資庁やオランダの年金基金の資金も日本の商業施設や住宅に向かった。東京・大手町の複合ビル「大手町プレイス」の政府保有分の売却入札には、複数の海外ファンドが参加したという。

海外の富裕層も日本の不動産投資に照準を合わせる。台湾の不動産仲介大手、信義房屋では、日本の不動産の取引数が22年上半期に前年同期比で40%以上増加。成約額1億円以上の取引数はすでに21年通年と同水準になった。円安進行を受け、日本の不動産を「割安」とみる海外勢が増えている構図だ。

もっとも、不動産投資の活況がいつまで続くかは不透明だ。需給や賃料といったファンダメンタルズ(基礎的条件)をみると、暗い材料も目立つ。

東京都心、2年で東京ドーム26個分のオフィス供給

東京都港区。東京タワーやロシア大使館に近い一角で、大型ビルの建設が佳境に差し掛かっている。森ビルが手がける再開発事業「虎ノ門・麻布台プロジェクト」だ。オフィスや住宅、ホテルなどがそろう巨大な複合施設で、オフィス部分の想定就業者数は約2万人にも及ぶ。

不動産サービス大手のジョーンズラングラサール(JLL)によると、同プロジェクトを筆頭に23年には東京都心5区で計54万平方メートルの大型ビルが竣工を予定する。22年の4倍の規模だ。25年にも日本橋などで計68万平方メートルもの供給を控える。23年と25年の2年だけで、供給面積は東京ドーム26個分に相当する。

一方でコロナ禍を機に、大企業では在宅勤務やリモートワークが急速に定着。NTTのように国内のどこでも自由に居住して勤務できる制度を導入する企業も出始めた。「オフィス不要論」は行き過ぎだとしても、大量供給に見合うだけの需要の伸びは見込みにくい。

不動産大手のテナント誘致競争は激しい。経済正常化が徐々に進むなかでも、東京都心部のオフィス賃料下落には歯止めがかかっていない。JLLの大東雄人ディレクターは「六本木ヒルズ(東京・港)などの大型ビルが相次ぎ竣工した03年のように、来年には大量供給の影響でオフィス賃料の下押し圧力が強まる可能性が高い」と指摘する。

特に立地や省エネ性能で劣るビルは、都心の優良物件にテナントを奪われる恐れがある。中型ビルの保有が多い不動産投資信託(REIT)の一部への逆風も強まりかねない。

コロナ禍で壊滅的な打撃を受けたホテルも「第7波」の中で復活は容易ではない。東京ドームホテル(東京・文京)などを抱える三井不動産は「都市型ホテルの宿泊単価は回復途上」(幹部)という。

CBREの大久保寛リサーチヘッドは「最近になって、欧米の投資家の一部が、日本の不動産投資に慎重な姿勢に転じたようだ」と証言する。日本の不動産市場には、不穏な影が差し始めている。

オフィス、大量供給の逆風 競争激化へ

新型コロナウイルス禍をきっかけに広がったリモートワークの影響を受けるオフィス市場。ここ1年半は大規模ビルの新規開業が少なく市況は小康状態だが、2023年以降は都心部で再び大量供給期に入る。物件や街ごとで二極化が強まるとされており、不動産大手はオフィス市場の行方を注視している。

森ビルが東京23区を対象にした大規模オフィスビルの市場動向調査によると、22年の供給量は48万平方メートル。1999年以来の低水準となる見込みだ。一方で、2023年は128万平方メートルと一転して拡大する予定。20年の179万平方メートルには及ばないものの、25年(119万平方メートル)とともに近年では大量供給期と言える。

都心部でオフィスビルの大型化が加速している。森ビルは都心3区(港、中央、千代田)の割合が今後5年で75%と、過去10年の平均(71%)を上回ると予測する。竹田真二・営業推進部部長は「延べ床面積が10万平方メートル以上の物件の開発傾向が強まる」と説明する。今後5年の供給全体に占める同規模の物件割合は約7割に達するという。

都心3区では8月、三井不動産が東京駅前で建設中の超高層ビルの街区「東京ミッドタウン八重洲」が完成する。23年に入ると森ビルが「虎ノ門ヒルズ ステーションタワー」や「虎ノ門・麻布台プロジェクト」を完成させる。住友不動産は東京・三田で大規模再開発を進め、東急不動産ホールディングス傘下の東急不動産も渋谷駅桜丘口地区で大規模ビルを建設中だ。日本橋や赤坂に加え、JR東日本は25年度までに高輪ゲートウェイ駅周辺で第1期の再開発を見込む。

不動産業界では23年以降の大量供給について、現状の需給バランスを緩ませる「逆風」と捉える見方が多い。オフィスビル仲介大手の三鬼商事(東京・中央)によると、7月の東京都心5区の空室率は6.37%。足元は落ち着いているが、供給過剰の目安となる5%は18カ月連続で上回る。入居企業を早めに確保するためオーナーが賃料水準を下げる動きも目立ち、平均募集賃料は24カ月連続で下落する。

オフィス仲介大手、三幸エステート(同)の今関豊和チーフアナリストは「現状では大量供給を全て吸収するほど需要は強くない」と指摘する。少しずつ企業の新規契約や移転の動きが増えているものの、新たにオフィスを借りる企業も契約面積は以前より少ないことが多いという。既存ビルで「2次空室」が出やすい地合いにある。

不動産大手間でテナント企業の奪い合い

こうしたなか、23年以降に大型ビルの新規開業を予定する不動産大手の間では、テナント企業の獲得競争が激しさを増している。今後のオフィス市場について、米不動産サービス大手クッシュマン・アンド・ウェイクフィールドの熊谷真理リサーチ統括責任者は「選ばれるビルは物件ごとや街単位で明暗が生まれる」と予想する。

不動産サービス大手のコリアーズ・インターナショナル・ジャパンの調査からはその一端が垣間見える。丸の内や八重洲・日本橋・京橋、渋谷・原宿、虎ノ門・神谷町、品川・港南にある大型ビルのオフィス空室率をみると、新型コロナ発生前の19年末は1~2%が多かった。20年以降は全エリアの空室率が急上昇したが、渋谷の需要はいち早く回復。今ではコロナ前の水準を下回る。丸の内は一時5%近くまで上がったものの、現在は4%台前半で推移している。

相対的に苦戦するのが品川駅周辺だ。数年前までは新幹線で出張に行きやすい地域として、製造業やIT(情報技術)関連など幅広い企業の人気を集めた。ただ、感染症問題で在宅勤務が広がると、一転してオフィス戦略の見直しで企業の解約や縮小が出やすいエリアとなり、足元の空室率は7%台で推移する。対象エリアの成約賃料は以前より下がるなか、空室率の動向がオフィスエリアの競争力を映し出していると言える。

立地や賃料だけでなく脱炭素対応もカギに

この先も選ばれるオフィスビルの条件は何か。コリアーズの川井康平リサーチディレクター&ヘッドは「立地や賃料に加えESG(環境・社会・企業統治)対応も重要になっている」と話す。大企業や外資系企業を中心に脱炭素が重要課題となっており、新卒採用を進める上でも欠かせない条件との声が聞かれる。出社する意義も問われるなか、従業員の健康維持や生産性向上を促すようなサービスも求められる。

オフィス市場を取り巻く環境は変化しているが、不動産大手の業績は好調だ。都内を中心に230棟超の賃貸オフィスを手掛ける住友不動産を筆頭に、三井不動産や三菱地所はいずれも23年3月期に過去最高益を見込む。運営する大型のオフィスビルは利便性や耐震性に優れ、空室が出ても比較的埋めやすい状況が続いている。

ただ不動産業界では「少子化に歯止めがかからないため、家賃収入ベースでのオフィス比率を5割まで落とす」(ヒューリックの西浦三郎会長)との声もある。限られたパイの奪い合いで成長できるのか。中長期的には、オフィス比重の高低で不動産会社の成長力に「格差」が生まれる可能性もある。

(蛭田和也、原欣宏、今堀祥和が担当した。グラフィックスは安藤智彰)