https://www.nikkei.com/article/DGKKZO63421830T10C22A8UU1000/
女子テニスのセリーナ・ウィリアムズ(米国)は、米ファッション誌「VOGUE」最新号にエッセーを発表。14歳だった1995年に主催者推薦でプロツアー予選に出場以来、四半世紀を超えたキャリアに終止符を打つことを表明した。
■出身地の治安は最悪
68年のオープン化以降最多の四大大会23勝(うち4連勝が2度)、五輪金メダル4個……。「完璧でありたい。でもどんなに完璧であろうと、私にとって完璧は存在しない」と言い切り、何かを達成するための努力を惜しまない。こうして打ち立てたセリーナの記録を打ち破るのは、不可能に近いかもしれない。特筆すべきはテニスの成績だけでない。
治安の悪さでは全米屈指のカリフォルニア州コンプトンを出身地とするビーナス、セリーナの黒人姉妹。白人選手ばかりのテニス界に2人が登場した当初、そのケタ外れのパワーで他を圧する様子に、嫌悪感を抱く人は多かった。
露骨に差別的発言を受け、コートチェンジの際、セリーナにわざとぶつかる白人選手もいた。あまりにひどい観衆の態度に、白人住民が大半のインディアンウェルズで行われるBNPパリバ・オープンは出場義務があるにもかかわらず、13年間欠場した。
「怒りと否定が私の原動力。それでキャリアを築いてきた」。嫌がらせを受けるほど、セリーナは強くなっていく。その姿は次第に畏敬の念を集め、ファンも魅了されていく。全米オープンで、老若男女、肌の色に関係なく観客が「セリーナ」と叫ぶ姿は、今の分断の世相を思うと、鳥肌が立つような空気感があった。

2013年全仏準決勝でのセリーナ。四大大会23勝のうち10勝は30代に入ってから=ロイター
■感情むき出し、物議
大坂なおみに負けた2018年全米オープン決勝では、判定に対して怒りを爆発させた。感情の起伏や派手な衣装が物議をかもすこともあった。「私はいっぱい誤りもし、批判も受けてきた。次世代がやりやすくなっている部分もあるんじゃないかな」と語る。
「ウィリアムズ姉妹は先駆者。いろんな問題と戦い、壁を打ち壊してくれた。セリーナがいたからこそ今がある」と大坂が評したように、セリーナ登場以降、黒人選手は目に見えて増えた。大坂だけでなく、コリ・ガウフ、スローン・スティーブンス、マディソン・キーズ(いずれも米国)……。ジュニア部門を見ると、さらに目立つ。そして、姉ビーナスのスピーチが、最後まで抵抗したウィンブルドン選手権主催者に男女同額賞金を認めさせることになった。
セリーナの四大大会最後の優勝は、妊娠した身で制した17年の全豪。出産後は決勝までは行くものの、どうしてもキレが戻らず、涙をこぼしていた。それほどテニス、勝負を愛していたセリーナが今回の決断に至ったのは、娘オリンピアが「お姉ちゃんになりたい」とこぼしたのを盗み聞いたから。そして今春、ゴルフのタイガー・ウッズに相談した。
「2週間、ただコートに行ってみて、どうなるか考えてみたら」とウッズ。少しずつ動けるようになり、ウィンブルドン選手権と全米の出場を模索するようになった。「残念ながら勝てる準備はできてなかった」という6月開幕のウィンブルドンは初戦敗退。フットワークの衰えが隠せなかった。
■ビジネスでも多様性
娘誕生以降、学校の送り迎えもほぼ毎日するなど、自分でも驚くほど育児にものめり込み、自ら立ち上げたベンチャーキャピタル「Serena Venture」の経営に少しずつ活動の場をシフトしていたという。「ポートフォリオの78%が女性、有色人種の企業。たまたまだけど」。最近、初めて男性社員を雇い、ビジネスでもダイバーシティー(多様性)にかかわっていくという。幸い「シェリル・サンドバーグ(元メタCOO)らがメンターになってくれる」。
そして育児について面白いことを言っていた。「最近、子どものやりたいことをさせるという親が多いけれど、それじゃあ、今の私はいなかった。勤勉、ルールに従うよう、私は娘をプッシュする。もちろん彼女が興味をもった方向に、追い込み過ぎないように気をつけながら」
その雄姿の見納めは8月末開幕の全米オープン(ニューヨーク)だろう。セリーナも尊敬するレジェンド「ビリー・ジーン・キング」の名を冠した会場は特別な熱狂に包まれるに違いない。
=敬称略
(原真子)

コメントをお書きください