渋滞イライラ、マスク氏 トンネル超高速掘進の現実味

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC056M00V00C22A8000000

 

コストは従来の10分の1、掘進速度は日本で高速掘進と呼ばれるスピードの数倍から10倍程度が目標だ。マスク氏の構想は土木の素人による夢物語なのか、検証してみよう。

地下に3次元の交通網

2022年4月20日、マスク氏に関する興味深いニュースが流れた。同氏が設立したトンネル掘削会社の米ボーリングカンパニーが、投資家から6億7500万ドル(約880億円)を調達し、企業評価額が56億7500万ドル(約7400億円)に達したという内容だ。

渋滞にはイライラする。すぐにでも掘削を始めたい――。渋滞を毛嫌いするマスク氏がボーリングカンパニーを設立したのは17年のこと。同社を通じて世に問うたのは、渋滞はもちろん、天候や地震の影響を受けない地下空間に、トンネルを網の目のように張り巡らす構想だった。

地下鉄トンネルのように、いくつもの中間駅を設けて乗客を大量輸送するのではなく、出発地点と到着地点をじかにつなぐ小規模なトンネルを数多く建設。電気自動車(EV)を走らせ、目的地まで高速移動できるようにするのが特徴だ。

都市部で既存の道路網を3次元化(高架化)するには多大な時間とコストを要するが、地下であれば3次元の交通網を構築しやすいと、ボーリングカンパニーは主張する。交通システムを地下に移すことで、限られた土地を有効活用できるとも提案している。

ボーリングカンパニーが2017年に公開した動画の一部。都市の地下に多くのトンネルを構築する(資料:ボーリングカンパニー)

米ラスベガスで22年1月に開かれたテクノロジー見本市「CES 2022」では、会場の地下に構築した「LVCCループ」に絶え間なくテスラの車両を走らせ、1日に最大1万7000人の来場者を輸送してみせた。LVCCループはトンネル2本と3つの出入り口から成り、長さは計約2.7キロメートル(km)。マスク氏の構想のミニチュア試作品といった趣だ。

会社設立当初は宣伝のためと称して企業ロゴを入れた火炎放射器を販売するなど、冗談とも本気ともつかない動きが目立ったが、構想の実現に向けて着実に歩みを進めている。ただし、マスク氏の構想を本気で事業として成り立たせるには、コストや工期の問題が立ちはだかる。

ボーリングカンパニーによると、LVCCループに投じた費用は約4700万ドル(約63億円)と決して安くない。建設には1年を要したという。同社は、トンネルの掘削コストを少なくとも現在の道路トンネルの10分の1程度に抑えなければならないとしたうえで、土木の常識とは大きく異なるアプローチを採用して課題の解決を目指している。

まず、トンネルの内径を一般的な道路トンネルの半分程度である12フィート(約3.6m)に設定した。テスラの車両1台が走れる程度の断面サイズだ。

これによって掘削量を大幅に減らし、トンネル1本当たりのコストを下げる。自動運転のEVが走行する前提に立てば、スペースを食う換気システムを簡素化できるため、このような発想が可能になる。

日本では掘削技術の進化などを背景に、トンネルの大断面化が進む一方だ。リニア中央新幹線のトンネルの直径は約14m。数々のトラブルに見舞われている東京外かく環状道路(外環道)の本線トンネルは直径約16mにもなる。

一般に、大断面であるほど工事の難易度が高まり、工期は長く、建設コストは高くなる。ボーリングカンパニーの構想の面白いところは、こうした土木業界のトレンドに背を向け、小断面トンネルを安く、素早く、たくさん掘る方向に転換する点だ。

米ラスベガスの「LVCCループ」。指示された番号の場所で並び、到着した車に乗り込む。2022年1月時点では自動運転ではなく有人運転だった(写真:日経ビジネス)

さらに、トンネルの断面サイズを全て統一するという。高価な掘削機を使い回すためだ。

日本ではプロジェクトごとに断面サイズを決め、それに合わせて掘削機の製作をメーカーに発注。工事が終わると廃棄するのが一般的であるため、こうした発想はそもそもほとんど出てこない。

一方、海外では中古のマシンを調達して工事に使うことが少なくないため、機械の使い回しを前提にトンネルの断面を設計することに抵抗感や違和感がないのだろう。

シールド機やセグメントを内製化

トンネルの掘削に用いるのはTBM(トンネル・ボーリング・マシン)という円筒形の全断面掘削機。一般に、TBMは硬い岩盤の掘削に用いられるが、ボーリングカンパニーが使用するのは軟らかい土砂地盤用のTBMだ。日本ではシールド機と呼ばれ、下水道や道路、鉄道などのトンネル工事に広く用いられている。

シールド機は、船の木材を食べ進みながら、後方を殻で固めるフナクイムシをヒントに発明された。前方では円形の回転式カッターによって地盤を掘削し、後方ではセグメントと呼ぶ円弧断面の部材をリング状に組み立てて、トンネルの壁を構築する。組み立てたリングにジャッキを押し当てて得られる反力で掘り進み、新たなリングを組み立てたら再び掘進する仕組みだ。

ボーリングカンパニーが最初に使用したシールド機(写真:ボーリングカンパニー)

ボーリングカンパニーはシールド機やセグメントの製造を内製化し、さらなるコストダウンを図るという。ただし、トンネル掘削関連事業の垂直統合は、そう簡単ではないだろう。トンネルの掘削とシールド機の製造、セグメントの製造といった全く異なる事業を統合して運営するのは骨が折れるし、先行投資もかさむ。

もっとも投資については、世界一の富豪であるマスク氏にとって、さほど大きな問題ではないのかもしれない。

掘削した土は住宅や堤防などの資材に転用するという。日本ではトンネル掘削土を産業廃棄物として処分しなければならないことも多いが、ボーリングカンパニーは再資源化によって処分費を浮かせ、あわよくば収入源にする考えのようだ。同社は土をブロック状に成型する動画などを公開している。

ここまでトンネル本体の掘進に要するコストの削減策を見てきたが、同社はトンネルを素早く構築するための挑戦もしている。1週間当たり1マイル(約1.6km)という掘進速度を当面の目標に掲げ、「Prufrock(プルーフロック)-2」と呼ぶシールド機を開発しているのだ。1カ月を28日として月進に換算すると約6.4kmになる。土木の「常識」からすれば途方もないスピードだ。

スピードが出やすい岩盤用のTBMでは、月進2km超が世界記録のようだ。大手TBMメーカーの米ロビンスによると、00年代前半に進められた米シカゴの水路トンネル工事で、外径5~6mのTBMを用いて最大月進約2.1kmを達成した。

一方、シールド機では掘削後にセグメントを組み立てる必要があるため、速度は岩盤用のTBMに劣る。日本では外径3.62mのシールド機を用いた東京電力の東西連係ガス導管新設工事で、最大月進約1.1kmを達成した例などがある。近年の道路トンネル工事のように直径が10m超の大断面の場合、月進500mを超えれば十分に高速掘進と呼べるだろう。

掘進速度を現在の数倍から10倍まで引き上げることは、本当に可能なのか。東京湾アクアラインや首都圏外郭放水路など、名だたるシールドトンネル工事で現場所長を歴任し、大林組の副社長も務めたスペースK(東京・世田谷)の金井誠共同代表は「いくつかの条件がそろえば、現在の技術でもかなりの速度を実現できる。マスク氏の掲げる目標も、決して不可能ではない」と指摘する。

今ある技術でも月進3kmが視野に

金井共同代表が挙げる条件とは、(1)トンネルの直径が4~5m(2)地盤が一様で水圧が比較的低い(0.1メガパスカル以下)均質な土砂地盤(3)掘削空間内に既設の地下埋設物が輻輳(ふくそう)していない(4)掘削土が産業廃棄物としての規制を受けない(5)広大な作業基地を確保可能で、セグメント製作・保管ヤードや掘削土仮置きヤードを確保できる――の主に5つ。

(1)~(3)は掘削そのものに関する条件で、(4)と(5)は掘削によって生じた土砂やトンネルの構築に必要なセグメントなどのロジスティクスに関係する条件と言えよう。

米ラスベガスの「LVCCループ」をテスラ車で走行する様子(写真:日経ビジネス)

ボーリングカンパニーは上述のように、トンネルの内径を約3.6mに統一すると発表しており、条件(1)については既に整っている。また、条件(2)のような地盤は米国に多いとされる。条件(3)については建設地によるが、地下鉄がない米ラスベガスのような都市であればさほど問題ないだろう。

そこで、(1)~(3)の条件が整ったとして、現在の技術でどの程度の掘進速度を出すことが可能か、金井共同代表に試算してもらった。

簡略化のためにトンネルの外径を5mとした場合、1リング当たりに使用する鉄筋コンクリート(RC)セグメントはA形2ピース、B形2ピース、軸方向挿入型のK形1ピース、つまり計5ピース程度。セグメントの厚さと幅の比率は、安全性を考慮して実績を基に決める。

例えば、セグメントの厚さを250ミリメートル(mm)とすれば、幅は1.5m程度を確保できそうだ。セグメントの幅(1リング当たりの幅)が大きいほど、掘進速度を高めることができる。

ピース間の接合には軸方向楔(くさび)挿入式継ぎ手を、リング間の接合にはピン挿入式継ぎ手を採用し、手間のかかるボルト締めを省略して組み立て時間を短縮する。

1リング当たり5ピースのセグメントで構成されるシールドトンネルのイメージ。図中の「K」は軸方向挿入型のキーセグメント(資料:国土交通省)

以上のような仕様のセグメントの組み立てに要する時間を1ピース当たり2.5分とすると、1リングの組み立てに要する時間は12.5分だ(2.5分×5ピース)。1リング分の掘削に10分ほど必要だとすると、掘削とセグメントの組み立てに要する時間は1リング当たり計22.5分になる。

そのうえで、1日8時間の3シフト制を採用し、1週間のうち7日目を機械のメンテナンスに当てて6日稼働するとした場合、月進はどのくらいになるだろうか。まず、1日に構築できるリングの数を計算すると64リングとなる。1週間当たりだと384リングだ。1リングの幅は1.5mだから、長さに換算すると1週間当たり576m。これをさらに1カ月(4週間)に換算すると、月進は約2.3kmと試算できる。

1日を分単位に変換:1(日)=1440(分)
1日に構築可能なリング数:1440(分)÷22.5(分/リング)=64(リング/日)
1週間に構築可能なリング数:64(リング/日)×6(日)=384(リング/週)
1週間に構築可能なトンネル延長:384(リング/週)×1.5(m)=576(m/週)
1カ月に構築可能なトンネル延長:576×4=2304(m/月)

これは、ボーリングカンパニーが当面の目標に掲げる月進約6.4kmの、3分の1弱に相当する。金井共同代表は「既存の技術でも、ただ掘るだけならば、計算上はこのくらいの掘進速度を出せるだろう」と指摘する。

さらに同社が速度を上げるために取り入れようとしているのが「同時掘進」。シールド機による掘削とセグメントの組み立てを同時に行う技術だ。日本では大手ゼネコンなどが実用化し、首都高中央環状品川線などいくつかのプロジェクトに適用している。

仕組みを説明しよう。一般的なシールド機では掘削後にセグメントを組み立て、完了したら全てのジャッキでシールド機を前に押しながら掘削する動作を繰り返す。

一方、同時掘進ではジャッキでシールド機を押して掘削している最中に一部のジャッキを外し、空いた箇所でセグメントを組み立てる。これによって、掘進に要する時間を2~4割削減できるとされる。同時掘進をうまく取り入れれば、月進3kmが視野に入ってきそうだ。

さらにボーリングカンパニーは、シールド機の遠隔化や自律化を掲げている。金井共同代表は語る。「同じ部品・部材を、大量に、繰り返し施工するシールド工事とロボット化は相性が良く、シールド機の全自動化は決して夢物語ではない。そうなれば、労働時間の制約を受けにくくなるので、より工事ははかどるだろう」

地上発進・地上到達で工期・事業費圧縮

このほかボーリングカンパニーは、掘進速度そのものを高めるのには寄与しないものの、工期全体の大幅な短縮につながる技術も取り入れる。シールド機の「地上発進・地上到達」だ。日本では、大林組が首都高中央環状品川線大井地区トンネル工事などに適用したURUP(ユーラップ)工法が知られている。

地上発進をするボーリングカンパニーの「Prufrock-2」。現場に機械を搬入してから2日以内に掘削を開始する(写真:ボーリングカンパニー)

一般的なシールドトンネル工事ではまず、シールド機の発進地点と到達地点に、地盤を垂直に深く掘り下げたたて坑を構築する。続いて発進たて坑にシールド機をつり下ろし、地下でトンネルの掘削を始める。掘削の開始時にはシールド機が安全に発進できるように地盤を凍結するなどして防護。掘削で発生した土砂も、たて坑を通じて搬出しなければならない。

シールド機の「地上発進・地上到達」を取り入れれば、そもそもたて坑を建設する必要がなくなるため、工期を年単位で短縮できる可能性がある。工事の際はエレベーターや階段、タワークレーン、セグメントリフターなどの昇降・揚重設備が不要となるほか、地盤凍結も省略できるので、工期だけでなく建設費も大幅に削ることができる。

従来の工法と地上発進・地上到達の比較(資料:大林組の資料を基に日経クロステックが作成)

トンネル工事を滞りなく進めるには、掘削そのものはもちろん、セグメントの搬入や掘削土の搬出といったロジスティクスが極めて重要だ。この点についてボーリングカンパニーは、ゴムタイヤを備えたトラックをセグメントの搬送に採用する方針を示している。

一般には、坑内にレールを敷いてバッテリー機関車でセグメント運搬用の台車をけん引する方法を用いるが、レールの敷設やメンテナンスに時間と労力を要するのが悩みだった。

トラックを使えば、こうした問題に煩わされることがない。地上発進・地上到達でたて坑を省略すれば「垂直移動」がなくなるため、トラックで坑内外をじかに行き来できるようになり、輸送効率を高められる可能性もある。

マスク氏の構想を実現するには、土砂を削り取るカッタービットの摩耗対策など、課題が山積している。それでも金井共同代表は「目指す方向自体は間違っていない」と語る。

従来の方法が本当にベストなのか、より良い解決策はないか――。当代きっての起業家が示した荒唐無稽とも思えるアイデアは、経験工学の名の下に前例踏襲に陥りがちな建設技術者にとって、「常識」を問い直す格好の教材だ。

(日経クロステック/日経アーキテクチュア 木村駿)

[日経クロステック 2022年8月5日付の記事を再構成]