DX(デジタルトランスフォーメーション)の必要性が高まる中、その動きはIT業界にとどまるものではない。経済学の社会実装というミッションを掲げて事業展開するエコノミクスデザイン(東京・新宿)の代表取締役、今井誠氏がその背景や具体的な実装例、活用に向けた経済学の学び方を解説する。
◇ ◇ ◇
過去の成功は未来の成功の裏付けにはならない
既存のビジネスで、成功を収めている企業は多数あります。しかし、新規技術の開発速度はますます上がり、世界標準で戦うことが当たり前になりつつあるこの時代に、成功し続けることはとても難しい。多くの方が、「今まで通りのやり方では、通用しない」と感じているのではないでしょうか。そんな時代にさまざまな分野のビジネスの武器となるのが、先端「経済学」の知見の活用です。
今回は、「経済学」のビジネス活用について、実体験から話してみたいと思います。今回実装する学知は、「オークション理論」。オークション理論は、2020年ポール・ミルグロムとロバート・ウィルソンがノーベル経済学賞を受賞し、今もなお、Web3.0サービス設計などでも近しい研究分野が注目され、新たな発展を遂げています。
18年4月から、私のオークション理論のビジネス実装は始まりました。とくに強く課題意識を持っていたのが、「オークション」という仕組みそのものです。
当時、私は不動産オークションの運営会社、デューデリ&ディール(DD)の経営陣の一人でした。不動産オークションとは、複数の購入検討者に不動産売買価格を競ってもらう仕組みです。当時の手法は2000年代半ばごろから活用しているもので、多岐にわたる業界のオークション事例を参考に、不動産業界に合うように、不動産取引が成立しやすいように、と社内で考案したノウハウでした。こうして生み出された同社のオークションは細部にわたってノウハウがつくりこまれていたと思います。しかし一方で、私は、「もっと精度の高いオークションの仕組みがあるのではないか?」とも感じていました。また、同社のオークション技術が可視化できていなかったことも課題でした。
こうした課題に対して、経済学が何かヒントをくれるのではないか。このように考えたのです。
経済学の実装で目指す世界観
「不動産オークションにとって、何が一番大事か?」 もしこのように聞かれたら、私は「信頼性」だと答えます。ここで言う「信頼性」とは、売り手、買い手、そしてオークション参加者に対するものです。
まず売り手。売り手が重視するのはやはり、「いかに高く売るか」です。不動産の売り手は本当に多様で、一生に一度しか売却しない売り手もたくさんいます。また不動産は、一般個人の方でも数千万~数億円という売買金額になることもあります。たとえば1億円に近くなってくれば、0.1%でも価格が上がれば10万円も変わります。一生にたった一度の不動産売却かもしれず、その経験や知識のない方でも信頼できる仕組みとは何か。そして、どうすれば最後の0.1%まで価格を上げて、「現時点の最高値」で売れるのか。
次に、買い手の場合はどうでしょうか。多くの不動産売買は、「早い者勝ち」です。「偶然」、その不動産情報を最初に知ったことが購入要因になる、となれば、「運」の要素も大きくなります。また、その「偶然」を勝ち取るために、多くの方が時間とお金というコストをかけて、情報収集をしているのが現状です。その「運」や「偶然」の要素を極力排除できないか。売買金額のみに注力できる、公正な仕組みはできないか。不動産事業者だけでなく、一般の方でも参加できる仕組みはできないか。
こうした2つの信頼――「オークションによって、現時点の最高値で売れる」という売り手からの信頼と、「早い者勝ちや不正などがなく、入札額のみで購入者が決まる」という買い手からの信頼――に応える仕組みこそ、オークション初参加者が、参加する前から安心できるものでしょう。不動産の場合は、売買経験が豊富な人のほうがまれですから、この点は特に重要です。
そしてこれらは、長期的に見た場合の、オークション参加者、そして売り手・買い手の増加にもつながるでしょう。
こうした課題感を持って、私は経済学の一分野「オークション理論」を、現実のビジネスに実装し始めました。さらに、談合などの不正を防ぐための学知も取り入れています。このように、理論がビジネスを裏付けている、というのは、想像以上の大きな信頼感につながっています。なぜなら、理論は、言葉を尽くすよりも雄弁に、私たちの手法の正当性を示してくれているからです。
「学知」の実装は、机上の空論ではなく、現実の行動を変えるものです。そして、不正やずるをした人が得をしない仕組みを実現するものです。
ただし、公正・信頼を高めることは長期的なマーケットの成長に必須ではあるものの、不動産オークションというマーケットの運営者がマーケットの公正な運営や信頼を構築したとしても、収益に直結するわけではありません。実際、18年当時は、「経済学」でビジネスにどんな貢献ができるか見えてこない人たちが多くいました。特に、収益に直結しない学知が、自分たちに必要だと感じてくれた人はほぼ皆無でした。当時はまだ景気もよく、学知の実装を考えなくても、成長していたのです。クリプトエコノミクスなどの新しい分野に「経済学」の重要性を認識している人たちがいたものの、全体で見るとまだまだ少数派でした。
おそらく皆さんが学知を実装しようと取り組み始める際には、同様に学知の有用性を共有できずに苦労する場面もあるかもしれません。しかし今後、さまざまなビジネスで、リスクに対する説明責任や各指標の根拠などの開示が、ますます重要になってくるでしょう。
例えば不動産売買なら、不動産の担保処分による売却での売却価格の利害関係者への妥当性の説明など、これからもっとシビアに考えなければいけなくなるでしょう。そして私自身は、そのために求められる具体的な行動も見えてきています。それは、「経済学」を身近に触れてきたから、そして経済学者のパートナーと議論してきたからです。
今はまだ、公共性の高い民間サービスでも「経済学」を実装しようとする流れは大きくありません。今後、いかに公正・信頼を高めていくかを検討することがサービスの成長、そして存続に直結していくと考えています。
実際、信頼を担保するための「学知」の活用は、少しずつ広がり始めています。例えば、「メルカリ」では「転売ヤー」問題をはじめとする第三者委員会メンバーに経済学者を多数登用しました。
あるいはレーティングサービスでも、訴訟を起こされた「食べログ」のように、さまざまな課題が明らかとなってきています。私自身も多数のレーティングサービスの設計に関与しているからこそ、学知の実装の必要性を強く実感しています。マネタイズに直結しにくいからといって、説明責任や頑健性をはじめとする信頼性を後回しにしても何とかなる時代は、もう終わったのです。
経済学の実装で社会発展に貢献したい
自分自身の原体験が、エコノミクスデザイン創業、オンラインスクールの運営、『そのビジネス課題、最新の経済学で「すでに解決」しています。』(日経BP)の出版につながっています。
まずは、経済学に触れ、学知がビジネスの役に立つということを知ってください。知らなければ、絶対に活用できません。専門性の高い学びである必要はありません。広く浅く学ぶことで、複雑なビジネス課題の輪郭が少しずつ見えてきます。まずは、輪郭を知るだけでも研究者との議論ができるようになります。ビジネス課題の輪郭を浮かび上がらせ、共有できればみんなで解決策を考える体制を作ることができる。リカレント教育として、経済学はもってこいの学問だと思います。実体験がある私としては、「すべての企業で学知が役に立ちます。さまざまなビジネスシーンで、その場面に適した学知はあります」と心からお伝えしたい。そして学問とビジネスが両輪となって発展していく未来を目指し、「経済学のビジネス活用」に突き進んでいきたいと思っています。次回からお伝えする学知のさまざまな活用事例が、皆さんの学知のビジネス実用のきっかけになればと願っています。

コメントをお書きください