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政府の教育未来創造会議は5月の第1次提言で理系・文系の分離をやめようという議論の一方、現在は35%にとどまる自然科学(理系)分野を専攻する学生の割合を今後5~10年で50%に高める目標を掲げた。
デジタルトランスフォーメーション(DX)や脱炭素の推進に伴い理系人材の不足が予想されている。特にIT(情報技術)人材は2030年に54.5万人が不足するとの予測がある。
資源のないわが国にとって科学技術立国の実現は国是であり、その基本は優秀な人材の育成・確保である。理系人材を増やす方向性には賛同する。だが生産年齢人口は20年の7508万人が50年には5275万人と大幅に減る見通しだ。全体のパイが縮小する中、理系学生の割合の向上だけでは不足を補えないだろう。
この問題の解決には留学生の受け入れを増やし、日本で就職してもらうことで高度人材を確保する必要がある。ここでは、そのための施策を考えてみたい。
まず、学部段階の留学生を入学定員から外す制度変更を求めたい。現状は国費留学生等の一部を除き入学定員内で受け入れており、定員管理の厳格化が求められる中で受け入れを増やせば、結果として国内学生の入学機会を奪ってしまう。
新型コロナウイルスのような感染症や国際紛争、世界的不況などで年によっては留学生が集まらず、定員割れの恐れもある。留学生を定員の枠外にすればこうした懸念は解消し、積極的な受け入れが可能になる。
学生の増加により教育の質保証が問題になる可能性はあるが、留学生からの授業料収入を活用して教員を増やすなどすればよい。足りなければ外国人教員の雇用で対応できる。大学のグローバル化を進める一石二鳥の効果も期待できる。
次に、定着の促進がある。日本は「留学生30万人計画」(08年策定)で、育てた人材を母国に帰すのではなく日本にとどめる方向に政策を転換した。その結果、19年度に大学を卒業・修了した留学生約2万8千人のうち日本での就職者は1万人余りとなり、10年度の約5千人から倍増した。
しかし、帰国者も1万人弱に上る。母国で日本との橋渡しを担う人材も必須だが、定職確保や定住の難しさからやむなく帰国する学生も実際にいる。
問題の一つは就職活動の時期だ。日本の就活開始は早く、準備期間も含めると学部生は3年生の4月、博士課程では2年生の4月、修士課程に至っては入学後すぐの1年生の4月から行うことが一般的である。
このため日本での就職を目指す留学生は準備不足になりがちで、勉学や研究にも十分取り組めない。留学生は選考時期を遅らせる、4月一括採用を避けるなど柔軟な対応が望ましい。
もう一つは在留資格だ。高度専門職には「高度人材ポイント制」による優遇制度があり、年収・学歴・研究実績などに応じて永住権の取得要件が緩和される。学生も条件を満たせば対象になる。だが、同制度による日本の高度専門職人材の受け入れ数は19年実績で6千人弱。全体で6万1千人余りのドイツなどに比べ、大きく後れを取っている。
永住権の取得に一定のハードルがあるのは欧米も同じだ。ただ、日本は治安や安全面の評価は高いものの実質賃金は米国の56%にとどまる。外国人に対する社会の寛容性の低さや言語の問題もあり、他国と同じ条件で優秀な人材を獲得するのは現在なかなか難しい。
一般の移民政策をどうするかは国民的合意が必要である。だが、こと留学生に関しては安心して来日し、就職できるよう永住権を取得しやすくした方がよい。日本の大学で学び、日本の文化や伝統、習慣を知る留学生が増えれば、外国人を前向きに受け入れる社会への変化も進むだろう。
広島大学は今年度、インドネシアで産学官共創のプラットフォームを構築する事業に乗り出した。大手商社の協力も得て、医療分野を皮切りに同国で教育、研究、社会貢献など様々な事業を広げていくつもりだ。
そのパートナーとなるのがかつて留学生として学んだ約800人の同窓生だ。5月には新しい同窓会組織の設立記念行事がジャカルタで開催され、私も出席し現地の関係者と交流した。
そこで感じたのは、今こそ日本はアジア諸国と関係を深めないと間に合わなくなるのではないか、という危機感である。
高度人材争奪戦で日本は立ち遅れている。永住でなくとも、いったん就職や研究者で残り専門性を高めた後に帰国し、日本の友人として活躍してもらうのもよい。まずは留学生を包む温かい環境が重要であろう。
とりわけ東南アジア諸国には日本で学びたい、日本語を勉強したいという学生が数多くいる。速やかに対応しないと、彼らを受け入れる機会も未来も失われてしまう可能性が高い。
社会問題の解決と経済発展を実現する「新たな価値創造」の担い手を育てる観点から世界の優秀人材を受け入れ、社会経済活動への参画を促す意義は大きい。他国の優秀人材との出会いと交流は日本の学生が成長する上でも最大級の知的刺激、学習の強力な動機づけになる。
留学生の受け入れと定着の促進は、日本の存立・発展のための国家基本戦略として取り組むべき、待ったなしの重要課題である。

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