良いDX悪いDX2 妻が出産、ある中小の決断

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO63138210T00C22A8EA1000

東京・大田のアルミ材料会社、大成は今年初め、取引先への「釈明」に追われた。クラウドで請求書を送付できるソフトを導入しようとしたが、10社ほどの取引先からの反発を受けて撤回した。

検討していたソフトは、大成が請求書などのPDFをクラウド上にアップロードして、取引先に指定のサイトからダウンロードしてもらうものだ。印刷や封入作業を省き、郵送代も節約できる。しかし、取引先には社員が高齢化した零細企業も多く、郵送やファクスでの業務が中心だ。大成の社長、大竹治輝は「無理に進めると大切な取引先を失う」と話す。

大企業はデジタルトランスフォーメーション(DX)で業務を効率化すれば、担当していた社員を配置転換できるが、中小企業の事情は違う。大成では約25人の従業員が紙のタイムカードに打刻し、総務担当がエクセルで集計する。勤怠管理をクラウド化しても、他の業務も担う総務担当者を減らせるわけではない。大竹は「DXは目先は単なる費用増」と苦笑する。

経営者のIT(情報技術)に対する意識の低さも中小のDXを妨げる。「社長が最大のリスク要因」。不動産投資会社のIT担当の男性は力なく語る。昨年、システム開発企業から転職してきて早々に、社内のウイルス対策ソフトのライセンスが1年前から切れていたことを発見。社長はウイルス付きメールを無警戒に開き、IT投資の必要性を理解する気配がない。

日本の生産年齢人口は2050年に5275万人と20年から3割減る見通しで、中小の経営環境は厳しさを増す。少子高齢化が進む地方では、働き手の確保のためにもDXが急務だ。

「会社も家庭も回らない。出社しないで済む仕組みが必要だった」。インテリア雑貨・家具販売のロワール商事(香川県丸亀市)社長の高木智仁は、21年に請求書受領や労務管理のクラウドサービスを相次いで導入した。きっかけは労務や経理を担当する妻、琴の第5子出産だ。経理にかかる時間は月80時間から半減し、琴は育児しながら在宅勤務ができるようになった。

ただ、その過程で長年付き合いのあった社会保険労務士をネットに強い若手に代えるなど、苦い決断もあった。好むと好まざるとにかかわらず、やり方を変えられないと生き残れない。中小にもDXの荒波が迫っている。