https://www.nikkei.com/article/DGKKZO63102590S2A800C2EA1000/
「食事量が減ってますね」「睡眠の状況も見てみましょう」。川崎市の有料老人ホーム「そんぽの家 川崎宮前」。ホーム長の佐々木大輔らは入居者の3カ月後を予測し、食事や運動を変える。
助言の根拠はSOMPOホールディングスと子会社が全国約300カ所の施設に入居するおよそ3万人から集めたデータだ。食事や睡眠時間など500項目の数値を蓄積し、人工知能(AI)で分析する。異色のデジタルトランスフォーメーション(DX)が進む背景には、グループ最高経営責任者(CEO)の桜田謙悟の強い思いがある。
「保険会社はもうやめようと思う」。2016年3月、桜田は東京・新宿の本社会議室で、三菱商事出身の起業家、楢崎浩一にこう語りかけた。
SOMPOは損害保険大手だが主力の自動車保険は自動運転などの普及で先細りする。会社を変えたい桜田は強烈な比喩で危機感を訴えた。15分の予定だった面談は気づけば90分を超えていた。
「DXorDie(DXか死か)」。同社のDX責任者に就いた楢崎も社内をけしかける。
エンジニアやデザイナーら約50人で構成する「スプリントチーム」を立ち上げ、ワクチン接種証明アプリなど70のサービスを生み出してきた。自動車や災害のデータを蓄積して分析する「リアルデータプラットフォーム」も構築し、売上高5千億円をめざす。だが、同業の独アリアンツや中国平安保険はさらに先を行く。楢崎は「ようやく『B』評価」と語る。
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ボストン・コンサルティング・グループによるとDXに成功した日本の大企業は21年で29%にとどまり、グローバル平均の35%と比べ見劣りする。DXとは紙やハンコの電子化ではなく、ビジネスモデルを創り直すこと。その理解が進まない。
大企業の役員や管理職を対象にしたドリーム・アーツ(東京・渋谷)の調査で7割以上がDXとデジタル化の違いを「説明できない」と答えた。
「まるで香港の九龍城だ」。アクサ生命保険でDXを進めた手腕を買われ21年にパナソニックホールディングスのグループ最高情報責任者(CIO)に就いた玉置肇は、同社の複雑なシステム群をかつて東洋の魔窟と呼ばれた巨大スラム建造物群に例える。
社内には1200以上ものシステムが存在する。もともと部門の縦割り意識が強く他社との合併もあり複雑化した。それなのに「経営はIT(情報技術)をよくわからずIT部門も経営は口を出すなという空気があった」。保守費ばかり膨らみDXの基礎であるデータ連携すらできない。
DXが遅れる理由を大手商社首脳は「本質はリストラだからだ」と指摘する。DXを本気で進めれば余剰な人員や競争力のない事業、遅れたシステムがあぶり出されるが、それぞれに既得権が入り交じる。
企業のDXを支援する若手コンサルタントは、担当した金融機関で社内調整に明け暮れた。顧客管理システムの刷新がテーマだったが、派閥争いと会議だらけ。前任者の忠告は「仲の悪い幹部同士を引き合わせないように」だった。部分最適に安住しがちな担当部門の主張を押し返し、全体最適に基づく解を示す経営者の力が要る。
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「なぜウチがデジタル?」。ホームセンター大手カインズの社員は戸惑った。米アマゾン・ドット・コムのイベントに参加し、最先端のクラウドなどに衝撃を受けた社長(当時)の土屋裕雅が「IT小売業になる」と宣言した18年のことだ。
同社のデジタル事業は正直、うまくいっていなかった。ネット通販は扱い商品が少なく赤字続き。現場の熱は低かった。
19年、土屋は社長とデジタル責任者に外部出身者を起用する荒療治に出る。エンジニアを集めるために新会社を設立して新たな人事・給与体系を導入。20年に東京・表参道に事務所も設けた。
ネット通販は22年4月から単月ベースで黒字化した。創業家出身で強い求心力を持つ土屋でも4年かかった。それだけDXにはエネルギーがいる。発想を変えないと世界に置いていかれる。

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