下り坂にあらがう(3)韓国、出生率0.81の袋小路 若者縛る社会観、決別カギ

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO62962700Y2A720C2MM8000/

 

18年の消滅危険度でワーストワンだった韓国の慶尚北道義城郡の農村に最近、都会育ちの若者が集い始めた。

 

半数が消滅危険

 

若者を誘引するのは義城郡が19年に始めた破格の移住支援だ。若者に起業の機会と住宅、福利厚生をまとめて提供する。「今後は誰かではなく、私のために生きたかった」。金礼知(キム・イェジ)さんはソウルでの会社員生活をやめて、1億ウォン(約1000万円)の創業支援金を元手に地ビール工房を開いた。モデル地域の青年人口は18年比で35人増え、1000人を超えた。

南西部の全羅南道霊光郡では第1子出産時に500万ウォン、第2子は1200万ウォンと出産を重ねるほど増える祝い金を支給。出生率は20年に2.46と全国一を記録した。

手厚い出産奨励でも韓国全体の出生率低下に歯止めがかからない。韓国政府は20年までの15年間に少子化対策に225兆ウォンを投じたが、韓国統計庁は21年に5175万人の人口は70年に3766万人に減ると推計する。20~39歳の女性人口を65歳以上の高齢者人口で割った数が0.5を下回る「消滅危険地域」は21年に108と全国の市郡区の半数近くに迫った。

人口の過半が集まる首都圏も出生率低下が深刻だ。ソウルは0.63と全国で突出して低い。就職難や重い教育費負担で、結婚や出産をしない人が増えている。医師や弁護士、財閥社員――。韓国の家庭は子どもにエリートコースを歩ませようと、教育費を惜しまない。

 

教育費格差10倍

 

韓国労働パネル調査によると、高校生以下の子どもがいる世帯の塾などの私教育費は20年、月平均63万ウォンだが所得上位20%の世帯は136万ウォンと、下位20%の世帯の10倍以上になる。名門大に入っても、希望どおり就職できるのは一握りだ。

韓国や日本、中国など出生率低下に直面するアジアの国々には共通点がある。職業観や家族のあり方などで伝統的な社会通念が根強く残り、自由に生きたいと願う女性の価値観と衝突する。韓国では女性の社会進出が進んでも、家事や子育ては今も女性の役目だ。「夫と相談し、子どもを持たないと決めた」。大企業勤務の30代女性は語る。

経済協力開発機構(OECD)によると、韓国の女性が家事などの無償労働に費やす時間は男性の4.4倍、日本は5.5倍に上る。出生率低下に歯止めをかけたフランスは1.7倍だ。世界経済フォーラムが男女平等の度合いをランク付けした22年の「ジェンダー・ギャップ指数」でも日中韓は100位前後だ。

出産奨励策に偏った政策が限界を迎えた韓国政府は19年から省庁横断の「人口政策タスクフォース」を設置。人口減を前提に社会の再構築に着手した。検討テーマには女性の活用、事実婚など多様な家族のあり方を認める法改正も盛りこんだ。

破格の祝い金のような経済支援だけでは持続性はない。男尊女卑や学歴信仰、職業の貴賤(きせん)――。時代遅れの社会通念を変える覚悟がなければ、出生率改善と成長は両立できない。