ハワイは今 コロナ禍でよみがえった自然、変わる旅の姿 NIKKEI The STYLE

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人間の営みが土地に与える影響について考える好機にもなった。世界に開かれた場所であり続けながら、地元の人々が大切にする自然や文化をどう守っていくのか。いち早くこの普遍的な問題と向き合い始めた島々を訪ねた。

自然と文明 星が導く共生の羅針盤

ハワイ州の州都・ホノルルから南へ、飛行機で1時間弱。6月中旬の夕方、ハワイ諸島で最大のハワイ島、通称「ビッグ・アイランド」にあるマウナケアの山道を訪ねると、ツアーバスが列をなしていた。観光客のお目当ては満天の星。ここでは全天の9割近くが観測できるといい、北極星と南十字星が同時に見える世界でもまれな場所だ。

ハワイと星には深い縁がある。現在の学説ではハワイアンの祖先は太平洋の遥か南、タヒチ方面から船で渡ってきたとされる。全地球測位システム(GPS)やコンパス、エンジンなどの機器がない時代。人々が海上で頼りにしたのは「星の羅針盤」だった。

波や風の変化、時には海鳥も助けになるが、毎晩見える星は船を進める方角を決める基本。伝統の航海術は1970年代の「ハワイアン・ルネサンス」運動で復活し、今も継承されている。

観光客の集まるオアフ島の中心部、ワイキキ地区から車で20分ほど離れた港に、1つの大きな船が停(と)まっている。星を道しるべとした伝統航海術を継承する船で、その名は「ホクレア」。ハワイ語で「幸せの星」を意味し、うしかい座の一等星「アークトゥルス」を指す。

乗組員の一人、クリス・ブレイクさんは、6月にタヒチへの航海を終えたばかり。タヒチからハワイへ北上する場合、「星空を見れば毎晩少しずつ南十字星は低く、北極星は高くなり、家が近づくのを体感できる」という。航海歴10年になるクリスさんが考えるのは最初に海を渡った勇気ある人々のことだ。「祖先は偶然ではなく、大きなリスクをとり、目的を持ってここにやってきた」

星に導かれて見いだされたハワイは、年月を経て、星や宇宙について研究する天文学の最前線になった。

マウナケアの山頂域には13の国際天文台が並ぶ。日本の国立天文台が運用する「すばる望遠鏡」も連なる。まさに宇宙を見つめる大きな目だ。

世界各国の天文台が集まるのは、マウナケアの標高が約4200メートルと高い以外にも理由がある。晴天率の高さやアクセスの良さといった好条件に加え、「なんといっても大気がほとんど揺らがない。これが一番大きい」と国立天文台ハワイ観測所長の宮崎聡さんは考える。太平洋の中央に孤立しそびえるマウナケアには、周囲に遮るものがない。上空の大気が安定しているため、シャープな天体像が得られるという。

いにしえのポリネシア人は海を渡るために星を利用した。現代ではほとんどの人は楽しむために星を見上げる。では、天文学者は日々どんな思いで星空を見つめているのだろう。

ハワイ島・マウナケア上空に輝く満天の星々。下山する観光客の車の光跡が輝く

すばる望遠鏡は99年の本格稼働から数多くの成果をあげてきたが、「毎日何かエキサイトするような大発見があるわけではない」と宮崎さん。地道なデータの蓄積の先に、発見が待つと信じて進む。「誰もまだやっていないことは何か。自分でテーマを見つけて、道を探すのが天文学の基本」ともいう。その姿は星を頼りに大海原を渡ったハワイの先住民の祖先に通ずるものを感じる。

一方で、天文学によるマウナケア山頂の利用には逆風が吹いている。日本や米国など5カ国が参加する新たな天体望遠鏡「TMT(Thirty Meter Telescope)」の建設計画に先住民を含む一部住民から待ったがかかった。もともとこの山はハワイの神話に登場する雪の女神「ポリアフ」が暮らす神聖な地とされる。2019年には反対派が山頂への道路を封鎖する大規模デモが起きた。工事は今も中断したままだ。

ハワイ大学が運営するマウナケアの管理事務所で働くウォレス・イシバシ Jrさんはハワイアンと日系人の血を引く。TMTに反対する娘とは「合意しないことで合意した」という

ハワイアンの血を引き、マウナケアを管理する職員のウォレス・イシバシJrさんに聞くと、自身はTMTの建設に賛成だが、娘は反対しているという。「ハワイアンは科学と戦っているわけではない。TMTはハワイの土地を巡る戦いの象徴になっている」。両派の立場を理解しこう説明する。19世紀以降、西洋社会からハワイ固有の文化や土地を略奪されてきたと考える先住民の問題意識が背景にある。

計画ではTMTの口径は30メートルで、すばる望遠鏡の8.2メートルと比べても巨大だ。解像度や感度が飛躍的に高まり、宇宙最初の天体や生命の兆候など様々な謎の解明が期待される。国立天文台のTMTプロジェクト長の臼田知史さんは「地球や人間がどう誕生したのか。根本的な疑問を探り、後世に伝えることには価値がある」と強調する。

日没後の観測に備えて準備するすばる望遠鏡のスタッフたち。望遠鏡の最高視力は富士山頂に置いたコインを見分けられるほどだ

臼田さんは21年6月にハワイに引っ越し、計画に反対する住民との対話や学校での教育支援などに取り組んできた。「彼ら彼女らの話を真摯に聞くことで、信頼感に基づく会話ができるようになってきた」と手応えを口にする。

TMTを巡る議論は観光にも影響を与えた。現地ツアー会社「ハワイ島 まさしのネイチャースクール」によると、19年の道路封鎖でマウナケア山頂ツアーは約半年休止した。ツアーバスに抗議の意味でクラクションを鳴らされたこともあったという。

実際にそのツアーに参加すると、山頂を目指す道中、ガイドのウェス・オガタさんが神話やTMTについて、たっぷり1時間ほど説明してくれた。「みんな楽しみに来ているから、難しい話を聞きたくないのもわかる」としつつ、「ここがどんな場所で、何が起きているか知ってもらうのも自分の仕事の一つ」と話す。ハワイの歴史や土地へのリスペクトがこれまで以上に求められているのは、観光客もまた同じだ。

来る前よりよりよい場所に 観光客も

ハワイ島西海岸にあるリゾートホテル「ウェスティン・ハプナ・ビーチリゾート」から眺める白浜の海岸。ハプナはハワイ語で「生命の泉」を意味する

豪華なリゾートホテルから青い海と白い砂浜を見下ろして、ほっと一息――。ハワイは日常から逃避できる「夢の楽園」として、長い間世界中の旅行客から愛されてきた。ただ、その楽園が直面する問題の多くは太陽のきらめきにかき消され、観光客の目にはっきり映っていたとはいいがたい。

水鳥の生育環境の再生に取り組む長谷川久美子さん夫妻

ハワイ島の玄関口、ヒロ空港のすぐ近くにある「ロコワカ・フィッシュ・ポンド」。この地で水鳥の生息環境を取り戻そうと奮闘しているのがネイチャーガイドの長谷川久美子さんだ。パンデミックが起き、仕事が全てキャンセルに。突然時間がぽっかり生まれた。

長谷川さんは10年ほど前に、この水辺でハワイ固有の水鳥、アエオ(クロエリセイタカシギ)を一度見たことがあった。アエオの棲(す)める場所はハワイ内で減り続け、今では絶滅の危機にある。「再びあのアエオが訪れる場所にしたい。それが今の私のやるべきことだ」。外来種の草が生い茂った池を目の前に、直感的に思ったという。

外来種の草を抜き、在来種を植える地道な作業を続けること1年あまり。少しずつ環境が変わり、この5月、ついにアエオ2羽が池に降り立ったが、餌を食べたり、繁殖したりする環境はまだ取り戻せていない。長谷川さんを今突き動かすのは「自分自身が解決策でない限り、自分は問題の一部なんだ」という強い思いだ。

オヒアの木の保護活動にあたるハワイ・エンバイロメンタル・リストレーション代表のジャヤ・デュピスさん

ハワイでよく見かける印象的な植物の一つに、赤い糸を束ねたような花がある。ハワイ固有種の樹木「オヒア」に咲く花だ。溶岩台地にも一番に根付くほど強靱(きょうじん)とされるこの植物も、深刻な状況にある。

オヒアの木が急速に枯れ始めたのは2014年ごろ。保護活動に携わるジャヤ・デュピスさんの案内で、ハワイ島東部・プナ地区の保護林を訪ねると、茶色に変色したオヒアがその場に何本も力なく立ち尽くしている。ハワイ島だけですでに百万本以上が枯死した。

研究の結果、原因は菌類とわかった。土着のものではなく、観光客が外から持ってきた可能性も否定できない。ジャヤさんは「ハワイはオーストラリアなどと比べて植物の検疫が緩い」とため息をつく。観光客にできることは「島の植物について学ぶ」「森に入る前には靴裏を洗う」などがある。

ハワイにとって、観光業は経済の要だ。コロナ禍で大打撃を受けたが、「けがの功名」ともいえる現象も起きた。観光客が一時激減したことで、自然が見違えるほど美しさを取り戻したのだ。

サンゴに悪影響を与えない日焼け止めを使うクルーズ参加者

ハワイ島の西側でシュノーケリングツアーを主催する「フェアウィンドクルーズ」のキャプテン、ダンテ・ルーエンバーガーさんは「コロナでツアーが止まっていた間に岸辺がきれいになって、より多くの魚を見た」と話す。

同社はツアーが環境に与える影響を再認識し、サービスを一部見直した。サンゴ礁に悪影響を与える成分を含まない日焼け止めを使ってもらうため、船内には潤沢な数のボトルを並べる。ほかにも、船上で出す食事を植物性由来にするなど、徹底している。

環境へのインパクトを減らすだけでなく、自分が来る前より良い場所にして旅先を去る――。これがコロナ後のハワイが提案する新しい観光の形だ。

その一例が植樹だ。ハワイ島のウェスティン・ハプナ・ビーチリゾートでは、22年から敷地内でウクレレの材料などにも使われる「ミロ」の木を植え始めた。今後は宿泊客も植えられるようにし、更地のエリアに10万本を植える計画だ。ホテルマネジャーのトム・クロスさんは「地元や環境への貢献を『見える化』することが、ゲストの満足感にもつながる」と指摘する。

ハワイアン・レガシー・リフォレステーション・イニシアチブによるハワイ固有種「コア」の森の植樹風景

同ホテルのパートナーでもあるNGO「ハワイアン・レガシー・リフォレステーション・イニシアチブ」のジェフリー・ダンスター代表は「自分の一部を旅先の自然に残すことができる」と観光と植樹の親和性をアピールする。同NGOは発足からわずか10年あまりで、もともと牧場だったハワイ島の山などに50万本以上の固有種を植えた。多くがホテルやエアラインなど観光産業との協業によるものだ。

翻って日本を見ても、コロナの前は京都や鎌倉、沖縄などでオーバーツーリズムが問題になっていた。観光客が本格的に戻る前に、日本もハワイの姿から学ぶことは多いはずだ。

観光業に詳しいハワイ大学のベルナデット・ゴンザレス教授は「とにかく多くの観光客に来てもらうというのは持続可能性がない」と断言する。今、ハワイではオアフ島の「ダイヤモンド・ヘッド」で登頂を事前予約制にするなど、観光客の数を制限する動きがみられる。

ハワイ島の西岸にあるハプナビーチの夕暮れ。世界でも有数の美しい海辺として知られる

歴史を振り返ると、ハワイの土地はいつも太平洋やアジアの人々に開かれてきた。それが多様性に富んだハワイの文化や社会を形作り、活力を生んできたのもまた事実だ。自身も「旅行が好き」というゴンザレス教授が、訪れた先でいつも自分に問いかけることがあるという。「あなたは自分の家にゲストが来た時、どんなふうに振る舞ってほしい?」。その答え探しは、ハワイの地からすでに始まっている。

平野麻理子

竹邨章撮影