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「現地の人との交流が楽しく、日本に比べ生活費が安い国も多い」と神奈川県の浦恒雄さん(76)は話す。1年のうち数カ月を海外で、残りを日本で暮らす生活を定年退職した2011年に始め、夫婦でこれまでタイやニュージーランドなど5カ国に滞在した。現在は新型コロナウイルス感染症の影響で控えているが「妻も気に入っている。コロナ禍が収まったら再開する予定」(浦さん)だ。
老後を海外で一定期間暮らしたいという人は少なくない。外務省の調査によると、海外在留邦人数(3カ月以上の長期滞在者と永住者)は19年までほぼ右肩上がりで増加。21年はコロナ禍で2年連続の減少となったものの、海外での長期滞在を支援するロングステイ財団(東京・千代田)の川嶋彩事業部長は「シニア層の問い合わせは足元でも増えている」と話す。
同財団の19年調査で海外生活の人気希望先をランキングしたところ、上位5カ国・地域にマレーシアなど東南アジアの3カ国が入った。「治安の良さに加え物価が比較的安い、日本に近い、気候が暖かいという『安・近・暖』が好まれている」と川嶋氏は指摘する。
海外で生活するなら、まず短期滞在から始めるのが一案だ。治安や医療事情、物価などを現地で体験することで、長期間住めるかをイメージしやすくなる。日本のパスポート所持者は観光目的で数週間~90日間の滞在であれば、査証(ビザ)が免除される国も多い。
短期間暮らして、より長く生活することを決めたら長期滞在ビザの条件を把握しよう。シニア向けのビザを設けている国も少なくない。各国の大使館や政府のホームページなどで情報収集できる。
注意が必要なのが、ビザを取得する際の資産条件だ。就労を認めない長期滞在ビザでは一定程度の資産や収入を求められることが多い。例えばタイのシニア向けビザは、円換算で預金約300万円以上または月約24万円以上の年金受給証明が条件となっている。マレーシアは流動資産約4600万円以上などとハードルが高い。長期滞在を希望するなら、老後の資金計画に織り込んでおきたい。
現地での生活費はどうか。例えば東南アジアで現地の平均的な人と同じ程度の暮らしをすれば、日本より安くなりやすい。「数年前のタイで日常の買い物は地元の小売店、食事は現地の人が通う屋台といった生活を送ると、家賃込みで月15万円程度だった」と冒頭の浦さんは話す。公的年金の月約20万円で賄えたという。
一方、「連日ゴルフを楽しんだり外食で高級店を選んだりすると、日本より生活費が高くつく場合がある」(シンガポール在住でファイナンシャルプランナーの花輪陽子氏)。生活費は住む国や生活スタイルによって様々だが、海外移住の相談・手続きなどを手掛ける社会保険労務士の蓑田透氏は「快適に暮らすには、滞在国で半年から1年は生活できる貯蓄を用意しておきたい」と助言する。
海外で暮らす場合は税・社会保障を押さえておこう。日本の税や社会保障の対象になるかは、日本で働いている、住所があるなどして生活の本拠があるかが目安となる。住民税(地方税)は1月1日時点で住民票があるなどすれば課税対象。海外に1年以上滞在するなら海外転出届を出す必要があり1月1日時点で生活の本拠がなければ納税義務はない。ただ居住国の税制や滞在期間によって現地で地方税が発生する場合もある。
所得税も生活の本拠で判断する。日本に本拠があるなら国内で生じた所得に加え海外の所得も課税対象だ。本拠がなければ日本国内で生じた所得のみが日本で原則課税対象となり、居住国でも現地の所得税が発生する場合がある。
シニアは年金にかかる所得税に注意したい。日本に生活の本拠があれば、年金は源泉徴収された金額を受給する。本拠がない場合は滞在国が日本の年金収入に課税することがあるが「租税条約で居住国のみが課税するとの規定があれば日本の源泉徴収が免除されるため、二重課税を避けられる」(税理士の田辺政行氏)。「租税条約に関する届出書」を日本年金機構などに出すことが条件だ。租税条約がなかったり、あっても免除が規定されていなかったりすると両国で課税されるため、居住国で税控除の調整をする必要がある。
海外生活では医療費も大切だ。現地で治療を受けると、医療費が膨らむケースがある。日本に生活の本拠がある場合は日本の公的医療保険の対象となる。帰国後に一定の手続きをすれば医療費の一部が払い戻される。(岸田幸子)

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