https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC111M70R10C22A7000000
空間にまつわる課題を解決する「ワークスペース領域」などで事業を展開する、2017年設立のスタートアップ企業だ。鹿島やイトーキ、東京建物など、建設・不動産関連企業との協業も多い。多忙で知られる落合CEOに、会社のかじ取りや建設会社との取り組みなどについて聞いた。
──会社は順調に成長していますか。
「業績は問題なく伸びています(編集部注:PxDTの20年度の売上高は約4億9000万円。17年度は約1100万円だった)。ただ、我々は開発のための投資にかなりお金を使っていますので」
──まだ利益を出す段階ではないと。
「そうですね。利益を出すのはもっと先でいい。今の段階で利益を出そうとすると、小さなビジネスになってしまいます。我々の投資家は、それを期待していませんから」
──19年には38億円超もの資金を調達して話題になりましたが、今後のご予定は。
「はい、また調達していきたいと思っています」
──調達額は次も大きくなりそうですか。
「そのあたりは、ノーコメントで」
──研究者として、あるいはメディアアーティストとして様々な活動をされている落合さんですが、会社を立ち上げたきっかけを改めて教えてください。
「きっかけとなった出来事などは特にありませんが、モチベーションは常にありました。日本の研究開発をなんとかしたいとか」
「例えば、今、僕の目の前にあるMacのディスプレーには、日本製のアプリは1つもありませんよ。スマートフォンもそう。普段持ち歩くもの、使うものは、ほとんど日本製ではなくなってしまいました。そんな状況を考えたときに、稼ぎ頭になれるようなことをしないといけないと思い、会社を始めた面はあります」
──「自分がやらなきゃいけない」と思ったわけですね。
「僕だけではなく、みんながやるようになればいいですよね」
──数年前と比べて、状況は変わってきましたか。
「我々の会社は成長したけれど、残念ながら日本の状況は変わっていませんね。驚くべきことです」
「ただし、良くなったこともあります。例えば、大学で博士課程を修了した学生が起業を選ぶということが、普通のスタンスになってきました。あとは、ビジョンを持って何かをやっていこうという人が増えたのではないでしょうか」
──多忙ななかで、どのように会社のかじ取りをしていますか。
「朝はだいたい午前6時ごろから活動を始めて、午前中は会社の仕事をしていることが多いかな。会社の1つ目のミーティングが、午前8時、9時ごろに始まるので。取締役会なども朝ですね」
「午後は大学の仕事をしていることが多く、夜は作家活動。その後は残ったタスクをひたすら消化しています。秘書さんとしては午前4時ぐらいまで仕事をしてほしいようですが、午前2時ごろには眠ってしまうこともあります」
「きっと世間の人が思っているよりも、僕はCEOとして会社に関わっているのですが、『それっぽくない』といえば、そうなのかとも。フィジカルに会社の人と会うことは、少ないかもしれません。研究室の学生とも、実験をするときなどを除けば、直接は会わないことが多いので。その代わりに、いろんなオンラインのツールに出没しています」
──人材採用については、どの程度関わっていますか。
「採用には力を入れており、僕は面接には必ず出るようにしています。面白くない人、こだわりがなさそうな人は採りません」
──「こだわり」ですか。
「面接で『あなたが今から1時間ぐらい語れることは何ですか』と質問して『これといってありません』といった答えが返ってくると、がっかりしますね。うちは厳しいですよ。自分で仕事ができる人しか採用しません。自分のプロフェッショナリティー(専門性)に対しては、自分1人で仕事ができるのが当たり前だと、僕は思っています」
鹿島との協業「現場のデジタル化は我々に向いている」
──鹿島との協業では21年、建設現場のデジタルツイン基盤「鹿島ミラードコンストラクション(KMC)」を構築したと発表しました。どのような経緯で協業がスタートしたのですか。
「17年ごろでしょうか。鹿島の浦嶋将年顧問(当時)とお会いしたのがきっかけだったかと思います。鹿島でもデジタル関連で開発をしたいという話をお聞きし、一緒に建設現場のデジタル化に取り組むことになりました。会社を立ち上げた頃はこのように、『デジタル領域で何か一緒にやらないか』といったことが多かったですね」
「鹿島さんのお話を聞いているうちに、現場のデジタル化は、当社に向いているのだろうと思いました。我々は空間をカメラで撮ったり、音や光で計測したりするのが得意ですから」
──計測や制御のような、自社の得意分野とマッチしたと。
「そうですね」
──それまで、建設業界や現場に関心はありましたか?
「日本の建設業界が労働者に関する課題を抱えていることぐらいは知っていました。人が足りないとか、高齢化が進んでいるとか。当時はちょうど、東京五輪に向けて工事が増えるタイミングで、喫緊の課題になりつつありました」
──鹿島とはその後も協業を続けている。長い付き合いになりましたね。
「ゼネコンは30年計画。もっとやると思いますよ。やらなきゃいけないことばかりだから」
「鹿島さんとのお仕事を始めた頃は、僕や村上泰一郎最高執行責任者(COO)がプレゼン資料をつくり、エンジニアを含めてもそれほど多くないメンバーで取り組んでいたのですが、メンバー間では『我々のようなベンチャーが100社ぐらいないと、建設業界の刷新は終わらないぞ』なんて話をしていました」
──その「予言」は正しかった?
「おおむね。今思えば、100社じゃきかないかもしれません。しかも、建設業界を大きくトランスフォーメーションしなければならない時代は、既に訪れています」
──大学で生み出されたシーズを素早く利用できるようにするため、複数の大学と「予約承継」の契約を結んでいるそうですね。
「ええ。筑波大学と東北大学と契約を結んでいます」
──予約承継とは、共同研究で得られた知的財産を大学から譲り受ける対価として新株予約権を付与するスキームです。その利点は、どこにあると感じていますか。
「このスキームのメリットは、当たり前のことではありますが、最初のキャッシュアウトが少なくなることです。課題は、学生などに対価をどのように支払うか、大学内で設計されていないことがほとんどだという点にあると思います」
──ニーズはどうでしょう。自分たちの技術をどこで生かせるか、落合さんは常に探している?
「僕はあまりニーズを探し回るようなことはしていません。無理に探し回らなくても、現場に行けばニーズはそこにある。それに、ニーズベースで考えるとシーズはすごくつまらなくなる。一方で、ニーズがないものを事業化してもどうしようもない。適度な分離と、適度な融合が大切です」
「ビジネスと研究、両方やっていると、ビジネスでウケるものと、研究でウケるものが大きく異なるのを実感します。ビジネスでウケるものは、直近できちんとキャッシュフローを生み出すもので、そういうものを考えるうえでニーズは重要です」
「一方で研究は、誰もやっていなくて、かつジャンルになって花開きそうなもの、明らかになったら面白そうなものを探してくることです。だから、そこに『ニーズドリブン』は必要ないと思います。必ずしも、多くの人が望んでいるものでなくていいんですよね。研究に重要なのは時代性です」
(聞き手は日経クロステック/日経アーキテクチュア 木村駿)

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