https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB183450Y2A710C2000000
親会社の持つ不動産をREITに高値で買わせようとしたためで、投資家の不利益につながりやすいREITの構造問題が改めて浮き彫りになった。REIT運用会社への業務停止命令はリーマン・ショック前の2007年以来15年ぶりで、今回の事件が不動産市況の悪化を示すサインとの見方も出ている。
「再び投資主からの信頼を回復させる道のりは非常に厳しい」。みずほ証券の大畠陽介シニアアナリストは15日付のリポートで、エスコンアセットの行為を非難した。今回は特殊な事例だと考えるものの、仮に他のREITでも同様の事例が発覚すれば、REIT全体への投資が萎縮しかねないとも指摘した。
エスコンアセットに厳しい目が向けられているのは、同社の行為がREITの投資家の利益を守るためのルールの「実効性を骨抜きにする目的の重大な法令違反」(みずほ証券の大畠氏)だからだ。
日本のREITは2001年の市場創設当初から、投資家の不利益につながりやすい運用構造との指摘があった。米国ではREITが自前で役職員を抱えて運用するのに対し、日本ではREIT自体は購入した不動産を保有する機能しか持たず、設立母体の不動産会社(スポンサー)から物件の売買をはじめ様々なサポートを受ける。このため日本では悪意を持った不動産会社がREITに物件を高値で売りつけたり、立地などで劣る物件を押しつけたりすることができてしまう。
国内のREITは様々な運用ルールを設けている。スポンサーから物件を購入する場合は必ず外部の鑑定会社の評価を得て、取引価格が鑑定評価額を上回らないようにする。REIT各社は細かいルールを守ることで投資家の信頼を勝ち取り、運用資金を集めてきた。
エスコンアセットの行為はこうしたルールを形骸化するものといえる。金融庁によると、同社は親会社の日本エスコンの物件をREITに売却する際、親会社の希望価格を鑑定会社に伝え、より高い価格を提示するよう働きかけていた。このほか、より高い鑑定評価額を得るために複数の鑑定会社から大まかな評価額を聞き取り、最も高い金額を示した鑑定会社を選定していた。いずれの場合もREITは物件を高値づかみすることになり、投資家の不利益につながる。
REIT運用会社への行政処分は2008年以来14年ぶり。より重い処分である業務停止命令は07年のダヴィンチ・セレクト以来、15年ぶりとなる。REIT市場はリーマン危機後の「冬の時代」を経て規律が高まったとみられていたが、今回の事件をきっかけに利益相反構造への懸念が再燃しかねない。
不動産業界では今回の事件がREITのガバナンス問題にとどまらず、市況が曲がり角を迎えたサインだと警戒する声も上がる。13年に日銀が異次元緩和に踏み切って以降、不動産市場には投資マネーが活発に流れ込んできた。相場全体が上向いていれば鑑定評価額は伸びやすく、スポンサーが鑑定会社に働きかける必要はない。
ここに来てルールを破るスポンサーが現れたのは、鑑定評価額が伸びなくなってきたことの裏返しといえる。REITに資金が集まらず、購買力が下がっている側面もある。不動産証券化協会によると、21年の上場REITの増資・売り出し総額は約4800億円で、直近ピークの18年(約7200億円)から3割強減った。
REITによる購入減が不動産価格の下落に直結するわけではない。不動産の買い手は国内外の私募ファンドや不動産会社、保険会社や年金基金など他にもたくさんいて、低金利下でまだまだ投資機会を探っているためだ。特に最近では円安を追い風に、外資系ファンドの購入意欲が一段と増している。
もっとも「市況が過熱する中で今回のような事件が起きると、ジンクスのようで不安に感じる」(大手銀行幹部)。実際にリーマン危機直前の08年9月にも、当時のプロスペクト・レジデンシャル投資法人の運用会社が鑑定会社への働きかけを理由に、金融庁から業務改善命令を受けた。その後プロスペクトレジは経営難に陥り、他REITとの合併で上場廃止になっている。今回の事件がエスコンアセット1社にとどまるのか、それとも不動産市況の「終わりの始まり」なのか、不動産関係者は気をもんでいる。
(和田大蔵)



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