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相手を知り、世界に挑む 文化庁長官・作曲家 都倉俊一氏(上)

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO62593120U2A710C2EAC000/

 

――文化立国づくりの旗振り役として強力なリーダーシップが求められていますね。

「新型コロナウイルスの感染拡大でイベントや興行の自粛が続き、国内の文化芸術活動はかなり疲弊しています。活動が停滞したままでは文化発展の芽がしぼむばかりか、有力な人材も育ちません」

「伝統文化を保護することも重要です。でもさらに海外市場で外貨を稼げるような文化芸術産業を生み出さないといけない。守りだけでなく攻めの発想も必要になる。国際的な視野から官民一体で文化芸術活動を後押しできるプロデューサーのような役割が期待されていると感じます」

「参考になる例がK-POP、映画、ドラマなどに代表される韓流文化でしょう。1997年に通貨危機に直面した韓国は国内経済を立て直すために国家戦略を打ち出します。その目玉がエンタメ産業の海外進出。この20年間で韓流文化は欧米のほかアジア、中東、南米、アフリカまで広がり、国家のイメージの向上に大きく貢献しています」

――外貨を稼ぐ文化芸術産業を育成するにはどんなプロデュース能力が必要ですか。

「広い視野で情勢を客観的に分析し、相手をよく知ることが重要だと思います。韓流の場合、音楽や映像のプロを育てる大学や専門学校を国内に設置し、SNS(交流サイト)を効果的に活用して話題を作り、ファン層を世界に広げました。曲作りも周到です。動画配信を意識して、リズムの良いサビを連呼する歌詞や印象に残る踊りなどを組み合わせて若者の心をつかんだ」

「またタレントを日本や中国、米国の市場に売り込むために現地の言語や生活様式を身に付けさせるローカライズ(現地化)戦略を取ったり、初期投資の回収が難しい中南米や中東の市場では政府がコンサートの開催を支援したり、国家戦略で文化発信に取り組んでいる。BTS(防弾少年団)などが好例ですが、ファン組織を通じてブームを作り上げる戦略も巧みです」

「つまり、ヒットのメカニズムを理解することが欠かせない。多少強引なくらい積極的に仕掛ける姿勢も時には必要です。日本は国内市場が大きいので海外で稼がないといけないという危機感が薄かった。ある意味、恵まれていたんです。でも海外での文化ブームが日本のイメージを高め、日本製品の購買や来日観光客数を増やす。経済面の相乗効果は計り知れません」

――これまで数多くの人気歌手のデビューを手がけてきましたが、曲作りでもリーダーシップは必要でしたか。

「もちろんです。僕の経験からいえば、合議や妥協から新しいものは決して生まれません。例えば76年にオーディション番組『スター誕生!』でデビューが決まった女性デュオのピンク・レディーの場合、デビュー曲の『ペッパー警部』は当初アルバムのB面だったんですよ。A面候補は『乾杯お嬢さん』という無難な曲。渋るレコード会社を作詞家の阿久悠さんとタッグを組んで『A面とB面を差し替えないと楽曲をすべて引き揚げる』と力業で押し通した」

「レコード会社としてはかなりの冒険だったと思います。でも、あそこで妥協していたら、ヒットしたかどうかは分からない。そのあたりは理屈ではなく感性なんです。阿久さんとはあうんの呼吸で感性が通じ合っていた。『最近、宇宙が来てるよね……』という軽い会話からヒット曲『UFO』も生まれました」

――日本の風土である「出る杭(くい)は打たれる」ようなことはなかったですか。

「僕は若くして作曲家になったし、随分ととがっていましたから『あいつは生意気だ』とよく言われましたよ。でも『どうにもとまらない』『ひと夏の経験』のヒットなど実績があったので何とか説得できた。自分に自信がなければレコード会社の意向を覆すことなんてできません。でもそれには必ず覚悟が伴います。ヒットが出なければ自分で責任を取らざるを得ません」

「『出る杭を打たない』という風土を作ることも大切ですね。11歳上の阿久さんはそんな僕を毛嫌いせず、『面白いヤツだ』と興味を示してくれた。才能を見いだし、受け入れるのもプロデューサーの役割。自信過剰なくらいでちょうどいいと思う。同調圧力や忖度(そんたく)など空気を読むことに慣れた日本の土壌を変えないと、様々な才能が埋もれてしまいます」

――リーダーシップに目覚めた原体験は何でしたか。

「外交官だった父(都倉栄二氏=イスラエル、スウェーデンなどの大使を歴任)の赴任で小学校と高校の計7年間をドイツ(西独)で過ごした経験が大きいですね。小学校はアメリカンスクール、高校はギムナジウム(中等教育機関)に通いましたが、日本人は僕一人。好き嫌いにかかわらず日の丸を背負わされ、負けん気に火が付きました」

「鮮明に覚えているのが映画『戦場にかける橋』。映画を見たアメリカンスクールの級友から『日本人は残酷だ』と激しく批判されました。でも負けてはいられません。日本の立場を代弁する形で反論し、相手に理解を求めた。正義感が強い方だし、3人兄弟の長男でリーダー気質だったから頑張りました。意見を堂々と主張すれば相手も存在を認めてくれるものです」

――不利な状況を切り抜けるのは外交そのものですね。

「自然に身に付けた処世術かもしれません。日本の立場の難しさはありますが、無勢だからこそ見えるものもある。アメリカンスクール時代、米国人の級友と歩いていたら突然、ドイツ人から雪玉を投げ付けられたことがあります。目の前で米独間の壮絶な雪合戦が始まり、僕はどちらにも加担できなかった。『ドイツ野郎の味方なのか』と米国人の級友になじられましたが『日本は米独戦には参加しないんだ』と中立を宣言し、その場を立ち去りました」

(編集委員 小林明)

 

「和洋折衷」ヒット量産
とくら・しゅんいち 1948年東京生まれ。外交官の父の赴任で小学校と高校をドイツ(西独)で過ごす。幼少からクラシック音楽に親しみ、青春時代はロック音楽にも熱中。古風と現代が混在した和洋折衷の独特な感覚を身に付ける。
 学習院大学在学中に作曲家デビュー。「狙いうち」「五番街のマリーへ」「ペッパー警部」「あずさ2号」などヒット曲を量産した。日本音楽著作権協会(JASRAC)会長、横綱審議委員会委員などを歴任。2021年4月文化庁長官就任。

お薦めの本

「バルト海のほとりにて」(小野寺百合子著)

独ソ開戦、ヤルタ密約など戦時下に赴任地スウェーデンから正確な機密情報を本国に打電し続けた小野寺信・陸軍少将の妻による回想録。広い視野、冷静な判断、人脈の大切さを痛感できます。