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大和ハウス工業社長 芳井敬一(4) 仲間たちからもらった手紙やはがき

2010~11年は海外担当役員として中国・大連に駐在していた。マンション開発デベロッパーが仕事。気温が零下20~30度に下がる寒い土地で、体調を崩した。中国の仕事仲間は「ヤンロウ(羊肉)を食べればよい」と薦めてきた。中国の伝統医学に基づく薬膳で羊肉は体を温める食材だからだ。

 

私は何でも食べるが羊肉だけは苦手。何度も断ったが、向こうも引き下がらない。万策尽きて「宗教上の理由で食べられない」と言った。「どんな宗教だ。羊をおまつりしているのか」と質問されたが、その後は一切薦められなくなった。

「インドネシアのプロジェクトに投資する。現地を見てこい」と大野直竹社長(当時)から指示が出た。大連から気温30度を超えるインドネシアに飛んだ。到着すると暑いのに汗が出ず、体がだるくてたまらない。その日の予定を全部キャンセルしてホテルで水を飲みながら長時間半身浴をした。突然、スポンジを搾ったかのように汗が噴き出した。大連暮らしで塞がっていた毛穴がようやく開いて命拾いした。ふらふらの体で報告書を書いたが、プロジェクトは間もなく中止になった。

19年、大和ハウス工業で不祥事が発覚した。社長として対応に追われた。心の支えになったのが姫路や金沢の支店長を離任する時の仲間、東京本店長時代に開催していた若手勉強会の受講生たちからその当時にもらった手紙やはがきの数々だ。

初めて支店長を務めた姫路では激務でやせた。私より先輩の女性は「体は大丈夫ですか」と心配してくれた。ある後輩の手紙には「支店なんて変わらないと諦めていたが良い方に変わった」と書いてあった。姫路支店だけで140通ある。他の勤務地の分も含め全部ファイリングした。

単身赴任している東京の部屋には仏壇を置いていない。本棚に両親の写真を飾り、水を入れたコップを供えて「行ってまいります」「ただいま帰りました」と一礼する。手紙のファイルは箱に入れ、同じ本棚に収めている。つらくなると手紙を読み返し、写真の両親をじっと見つめる。ふつふつと力がわいてくる。