https://www.nikkei.com/article/DGKKZO62593410U2A710C2EAC000/
「5月の集荷場の実務体験では千葉の銚子で3週間住み込みでした」。少し日焼けした顔で楽しそうに話す。「力仕事だし、腰をやっちゃうんじゃないかと心配したけど、なんとか」
3月までは車付きで送り迎えの生活だった。リコーの国内販売会社、リコージャパンの代表取締役社長を4年間務めた。定年退職を機に、農産物の市場外流通や直売所などを手掛ける農業総合研究所の中途採用に自ら応募し入社した。役員でもマネジャーでもないヒラの一社員として、4月から新卒社員と研修に励んでいる。
セカンドキャリアで農総研を志望したのは、「異業種・異業界で新たな挑戦がしたかったから」。実はリコージャパン時代の出会いが大きく影響している。リコージャパンは全国各地で地方創生に取り組んでおり、その流れで全国スーパーマーケット協会の賛助会員になった。「印刷屋のお客様はスーパーですから」というわけだ。
そこで「地方創生に挑む多くのおもしろい人と出会った」。前後して、農業の流通改革に挑む農総研の創業者、及川智正会長を取り上げた雑誌の記事を読んだことも大きく、気持ちが傾いていった。定年退職まで半年を切った2021年11月、農総研の中途採用募集を知り、迷わず応募した。「大学4年生の気持ちで、もう一度就活しよう。63歳ならまだやれる」
売上高6000億円を超える会社の社長だけに、様々な企業からの誘いがあった。ファンド系からは「ある事業部門を切り出すので、その部門の最高執行責任者(COO)に」という高額オファーもあった。しかし「自分が何を求めているか分かったから、気持ちは揺るがなかった」。
応募には、中途採用に年齢・性別などの条件を付けない農総研も戸惑ったようだ。職務経歴書などを提出したが「1カ月たっても反応がない。ダメかな」と思ったころ、連絡が来た。「面接ではないが、応募の動機など聞かせてもらいたい」ということだった。その後、2回の面接を経て入社が決まった。
「まず現場を3カ月は体験したい」と希望を出したところ、4月はスーパーの店頭、6月は産直卸とプログラムを組んでくれた。「年を取るにつれ一日が短くなったが、今は一日が長い。寿命が延びてる感じがします」と笑う。
(上野正芳)

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