「議論する力」育成手探り 高校の新科目「公共」、指導ノウハウ 共有カギ

2022年度から高校で始まった新科目「公共」の授業づくりに教員らが試行錯誤している。政治や法律といった社会制度の理解を踏まえた「議論する力」の育成が科目としての目標。授業にも生徒同士の活発な討議を盛り込む必要があるが、経験豊富な教員は少ない。優れたノウハウを共有できる仕組みを求める声が上がっている。

5月上旬、大阪府立三国丘高校(堺市)の公共の授業では、公立学校での宗教への対応について議論した。

教育基本法は憲法の「政教分離原則」を受け、公立学校の宗教教育や宗教的活動を認めていない。授業では海外での対応事例も参考に「宗教上の戒律は給食にどこまで認められるか」「教室でのクリスマスパーティーはどうだろう」と意見が交わされた。

生徒からは「座学の授業より記憶に残る。宗教文化へ関心が高まった」といった感想が上がった。担当した大塚雅之教諭は「討論形式は主体的に学べる効果がある一方、意見が偏ったり過激になったりすることもある。指導のかじ取りが難しい」と語る。

公共の特徴は学習指導要領の目標で「構想したことを議論する力を養う」と定められている点だ。文部科学省は解説で、学習内容や自分の考えを発表したり文章にまとめたりするだけでなく、「合意形成を視野に他者と議論する力」と意義づけた。

背景には中央教育審議会が16年の答申で、社会変化のなかで育みたい力として「自分の考えを伝えるとともに、多様な人々と協働できること」を挙げたことがある。現場では座学中心ではなく、生徒同士の議論を促す授業形式への転換を急いでいる。

東京都立向丘高校(文京区)の久世哲也教諭は4月、感染症のワクチン接種を授業のテーマに据えた。優先順位の考え方を巡り生徒らが「医療従事者を優先する意義は大きい」「高齢者をより優先すべきでは」といった議論を交わした。

久世教諭が「人の優先順位をつけることは正当化できるでしょうか」と投げかけると、悩む生徒の姿もみられた。久世教諭は「正解のない状況でも自ら判断できる人材に育ってほしい」と話す。

ただ多くの現場で「どのように授業を構成するかイメージできない」(都立高の教員)という戸惑いが聞かれる。社会保障や選挙制度といった個別の学習課題は明示されているものの、討議形式の授業の経験を重ねた教員は限られるためだ。

埼玉県教育委員会は教員からの要望も踏まえ、8月に「公共の授業づくり」をテーマとした2日間の研修を開く。ノウハウがある教員からの講義や授業事例の共有が主な内容で、担当者は「授業をどう進めるか、教員同士で考える機会になれば」と話す。

今のところ、こうした動きは一部にとどまる。東京都教委の担当者は「現時点で公共に特化した研修は設けていない。ニーズや状況に合わせて検討する」と説明する。

教員の授業づくりを支援しようと、各省庁は授業案や指導教材を新たに作成した。厚生労働省は3月、公共で取り扱う社会保障制度に関する授業案を公表し、各高校に配布した。金融庁も公共で使える金融経済をテーマとした教材をつくった。

ただ現場での教材の活用状況は十分ではない。ある県教委によると、公共にはテーマ別に多くの指導教材が出ており、把握に時間がかかっている。担当者は「情報を整理して説明会などで教材の活用方法を伝えていきたい」と話す。

指導要領の改訂に携わった樋口雅夫・玉川大教授(社会科教育)は「活発に議論するためには制度や課題をしっかり理解する必要もあり、指導の技量が問われる」と指摘。「現場の教員同士でも情報交換し効果的な授業を組み立ててほしい」と話した。

(木宮純、山崎哲哉)

 

▼公共 18歳選挙権などを受けた学習指導要領の改訂に伴い、2022年度から教科「公民」の中の必修科目として新設された。4月に入学した高校1年から順次適用され、24年度以降の大学入学共通テストで出題科目となる予定。「主体的・対話的で深い学び(アクティブラーニング)」を重視し、模擬選挙や模擬裁判などにも取り組む。これまでの科目「現代社会」は廃止される。