「贈与に関する税金の相談で、相続時精算課税の仕組みを聞かれることが増えた」。辻・本郷税理士法人の税理士、浅野恵理氏はこう話す。
相続時精算課税制度は、60歳以上の父母・祖父母から18歳以上の子・孫への贈与が合計2500万円以内なら、何回贈与しても贈与税がかからない仕組みだ。2500万円を超える部分の税率は一律20%だ。一見、贈与に有利な仕組みだが、これまでマイナーな存在だった。なぜ今、注目を浴びているのだろうか。
その理由は、政府が贈与税を見直す方針を打ち出したことだ。贈与は相続税の節税策として使われる。この節税を抑えることが課題とされてきた。
相続時精算課税のほか、贈与税がかかる仕組みに暦年課税がある。1~12月の年110万円までの贈与が非課税となり、110万円を超える贈与財産に課税する。税率は10~55%の累進課税だ。相続時精算課税より最高税率が高いが、相続税の節税では暦年課税が「王道」だった。
暦年課税で贈与税を申告した人は2021年に48万8000人と07年から7割近く増えた半面、相続時精算課税制度の人数は21年に4万4000人と、ピーク時の07年から約5割減った。なぜか。
相続時精算課税の利点は、非課税枠が2500万円と大きいことだ。浅野税理士は「子や孫に必要なタイミングで比較的多額の資産を贈与でき、贈与税を暦年課税より抑えられる」と言う。
贈与された財産の使い道が自由なことも利点だ。非課税枠が大きい贈与の制度では住宅取得資金と教育資金の特別枠があるが、資金使途が限られる。相続時精算課税は「何に使っても構わない」(税理士の川田剛氏)ため、高齢者層から若い世代に資産移転を促し経済を活性化する効果も期待される。
しかし利用が低迷する大きな理由は、贈与した人が亡くなった際の相続税にある。相続時精算課税を利用すると、贈与された財産が死亡時に全て相続財産に足し戻され課税対象になる。贈与時には税金がかからないが相続時にまとめてかかる。贈与と相続で課税が変わらない「中立的」な仕組みといえる。
暦年課税でも贈与した財産が相続財産に足し戻される仕組みがあるが、対象は死亡前3年以内の贈与に限られる。うまく使えば「暦年課税は相続税の節税効果も大きい」(川田氏)。子・孫に渡す財産が同額なら相続税の方が税率が低いが、贈与は生前に何回でも行える。10~20年にわたり贈与税の税率が低い金額で暦年贈与を繰り返して相続財産を減らせば、死亡時に財産にまとめてかかる相続税より節税できる可能性がある。
こうした暦年贈与による節税対策を、政府はかねて資産格差の拡大・固定につながるとして問題視してきた。そこで贈与税全体の見直しが課題として浮上した。昨年末にまとめた22年度税制改正大綱では具体策を示すのを見送ったが、今後の課題として「本格的な検討を進める」と明記した。ここ何年か大綱に同様の記述があるが、多くの税理士は「いよいよ、早ければ23年度にも改正される可能性がある」と緊張感を強めている。
暦年贈与の非課税枠、相続税法では年60万円
改正の方向として最も過激な見通しでは、暦年課税を廃止し、贈与税は相続時精算課税に一本化する。相続時精算課税は03年度に導入されたが、当時から相続時精算課税を将来は贈与税の原則的な課税方法にする狙いがあったとされる。
ただ、暦年課税の利用者は年40万人強に上り、いきなり廃止すれば混乱は大きい。そこで有力視されるのが、相続時精算課税の非課税枠の拡大と暦年課税の厳格化をセットで実施するシナリオだ。例えば相続時精算課税の非課税枠を3000万円に増額する一方、暦年課税の贈与財産を相続財産に足し戻す対象期間を死亡前5~10年以内に広げたり、非課税枠を60万円に縮小したりするのではないかといった見方が出ている。
実は、暦年課税の非課税枠が年110万円になったのは、租税特別措置法(租特法)の改正により01年の贈与からだ。贈与に関する税制の本則である相続税法では暦年贈与の非課税枠を「年60万円」としている。いわば暫定措置が続いている状態だ。元に戻すには租特法の規定を削除するだけでよく、ハードルはそれほど高くない。
実際に贈与税の仕組み全体を見直すとすれば、周知期間も必要なため、たとえ23年度の税制改正に盛り込まれたとしても実施はその数年後とみられる。
とはいえ、すでに贈与を使った相続税の節税策への包囲は始まっている。一括贈与の非課税制度で、教育資金の使い残しは一定の条件で相続財産に加算することになり、住宅資金の非課税枠は1500万円から1000万円に縮小した。相続節税への逆風は今後、強まる可能性がある。
土地の相続、評価減に「特例」活用
相続税の節税対策で柱の一つとなってきたのが、土地の活用だ。土地は相続財産に占める比率が高く、大きな節税効果を得られるためだ。しかし4月19日の最高裁判決で衝撃が走った。
相続財産の中で土地は時価より低く評価できるルールがある。相続税の路線価は市場価格に近い公示地価の8割程度で算出される。建物を誰かに貸している場合は評価額を下げる仕組みもある。これらの仕組みを用いて相続税をゼロと申告した相続人に対し、税務当局は「時価を反映していない」として追徴課税。その取り消しを求めて相続人が国を訴えていた。
最高裁は、原告が多額の借入金をもとに相続税評価額を大幅に減らせる賃貸不動産を取得し、相続税をゼロと申告したことを「著しく不当」として、追徴課税を認めた。
不動産による節税効果があまりにも大きいと「行き過ぎた節税、租税回避の温床になるとして税務当局から指摘されやすくなる」(岡田俊明税理士)。最高裁判決で路線価での評価が問題視されたのは特殊事情が原因だが今後は注意が必要になる。
路線価は全国平均で前年比0.5%上昇
7月1日に公表された2022年分の路線価(1月1日時点)は標準宅地が全国平均で前年比0.5%上昇した。不動産価格の急上昇に追いついていないとの声もあるが、東京都では1.1%、愛知県では1.2%上昇し、いわゆる「資産家」でなくても相続税が気になる人は少なくない。
そこで注目したいのが、一定の要件を満たせば持ち家の評価額を抑えられる「小規模宅地の評価減の特例」だ。亡くなった人(被相続人)が住んでいた自宅の土地を配偶者や同居親族らが相続した場合に利用できる。土地の評価額を80%減らせるため、節税効果が数百万~数千万円に上ることが珍しくない。減額できるのは330平方メートルまでで、土地が400平方メートルならば330平方メートルを減額し、残り70平方メートルは通常の方法で評価する。
乱用を防ぐため「適用要件が専門家でも間違うほど細かい」(藤曲武美税理士)という。例えば特例を使える相続人は「配偶者」「同居する親族」「別居する親族」のみだ。被相続人が介護施設に入居してから実家に住み始めた親族は「同居していたとは認められない」(浅野恵理税理士)。一方で配偶者は長く別居状態でも対象になる。
別居親族も「被相続人に配偶者や同居する親族がいない」「相続開始前3年以内に自分、配偶者、3親等内の親族の所有する家に住んだことがない」など要件がある。同居・別居親族とも相続開始翌日から10カ月以内の申告期限までに、遺産分割協議などを終える必要もある。
使えれば効果が大きい小規模宅地だが「2次相続も見据え計画的に利用したい」と、阿保秋声税理士は話す。例えば父・母・子という家族構成では、まず父か母が亡くなった際は「1次相続」となる。その後に親が亡くなり子だけで相続するのが「2次相続」だ。1次と2次の相続での分け方により税負担が大きく変わる場合がある。
遺産の分け方で相続税に数百万円の差
父・母・長男・次男の4人家族の例で試算しよう。長男はずっと親と自宅で同居し、次男は家を購入し別居だったとする。父が亡くなった際の遺産は自宅の土地5000万円、建物1000万円、預貯金3000万円とする。
仮に1次相続で母が全てを相続すると相続税はゼロにできる。配偶者は相続財産が1億6000万円まで相続税がかからない税額軽減がある。加えて小規模宅地の特例が使えるためだ。
だが、母が全て相続すると2次相続で相続税負担が重くなる。母と同居していた長男は小規模宅地の特例を使えるが、次男は対象外で「2次相続で320万円の相続税を支払う必要がある」と阿保税理士は試算する。
1次相続で分け方を工夫すれば、2次も合わせた相続税額を減らせる。1次相続では母と長男が自宅の土地・建物を3000万円ずつ、次男が預貯金3000万円を相続する。すると母は相続税がかからず、長男も小規模宅地の特例を使えるため1次相続の相続税は16万円になる。
2次相続では母の土地・建物3000万円を兄弟が相続するが、基礎控除(3000万円+法定相続人1人につき600万円)内に収まり相続税はかからない。1次相続で母が全て相続するより相続税を300万以上減らせる。
小規模宅地の評価減の特例は、遺言がない場合は遺産分割協議が必要となる点も注意したい。分け方が決まらない場合、相続税は特例を使えない前提で計算し申告・納付する。10カ月以内に協議が決着しなければ「申告期限から3年以内に分割できる見込み」との文書を税務署に提出する。その上で3年以内に分割できれば税務署に相続税の減額を申し出る。すると特例利用との差額が還付される。
プロに聞く「タワマン節税」要注意 藤曲武美税理士
最高裁判決で問題となった事例は、土地を路線価で評価すると時価を大幅に下回る上、多額の相続税の申告額がゼロとなり極端だったため、時価による追徴課税もやむを得ないとされた。一般の住宅地では、こうしたケースは想定しづらく、過度に心配することはないだろう。路線価を基に自宅の相続税評価額を把握して、相続税がかかるかどうかを確認したい。
高層階からの眺望が売り物であるタワーマンション(タワマン)の相続時の評価は、路線価の対象となる土地部分の割合が小さい上、建物部分は購入価格の40~60%とされる固定資産税評価額を使う。そのため一般の住宅に比べて評価額が購入価格より大幅に低くなる。さらに高層階ほど高値で売買されることから、相続税の節税を狙い、あえて高層階の部屋を買っておき、相続開始後に売却する人までいた。
このため国税庁は2015年にタワマン節税を念頭に「著しく不適当」な場合に自らの判断で相続財産を再評価する方針を明らかにした。今回の最高裁判決は直接の影響はないが、借り入れを活用したタワマン節税も税務当局の指摘を受けやすいのは間違いないだろう。
(後藤直久)




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