https://www.nikkei.com/article/DGKKZO62317890V00C22A7MM8000/
人材が成長のカギを握る時代の「頭脳流出」は致命的だ。各国は限られた人材を呼び込む競争にしのぎを削る。人を生かす知恵が国家の命運を左右する。
「心配した通りになってしまった」。30代のロシア人女性は肩を落とす。「ここでは安定したキャリアも資産も築けない」と2021年10月、故郷のサンクトペテルブルクを離れてアラブ首長国連邦(UAE)に移住した。不安はウクライナ侵攻で現実になった。
ドバイで再就職したIT企業にはウクライナ侵攻後、ロシアから移住してきたエンジニアもいる。「世界のトップ企業と最先端の仕事をしたい」と望むが「ロシアにいては難しい」。外国製ソフトウエアの利用制限がかかる恐れがあるロシアでは十分に力を発揮できないという。
高学歴ほど脱出
国外脱出を支援する団体「OKロシアンズ」の推計によると、ウクライナ侵攻後にロシアを去ったロシア人は今年2~3月だけで30万人を超えた。高学歴、高収入な人ほど脱出に向かう傾向が強い。別のロシア非政府系調査機関によると、24歳以下で海外永住を希望するロシア人の割合は約5割に達する。ロシアの過去の成功を体験していない若者ほどロシアの将来に悲観的だ。
「ロシアは資源で得た富で消費を拡大したが中国のように国内産業を育てられなかった」(北海道大学の田畑伸一郎教授)。成長産業が育たず知識層が去り、経済低迷でさらに人材が流出する悪循環に陥った。
優秀な自国の人材をつなぎとめ、さらに海外からも高度人材を呼び込むことで国の成長は加速する。逆にそれができない国は競争力で劣後する。
経済協力開発機構(OECD)は19年、賃金や就業機会、社会の寛容度などの指標から各国の「人材誘致指数」を算出した。上位は北欧諸国で特にスウェーデンが0.63と高い。移民流入への制限が少なく外国人が広く就労機会を得られる。
自国民向けに充実しているリスキリング(学び直し)の機会を移民も平等に利用でき、キャリア展望を描きやすい。国がスタートアップ育成などで外国人を生かす姿勢を打ち出し、呼応するように人材が集まる。時間あたり労働生産性は70.3ドルと日本(47.4ドル)を約5割上回る。
米国も誘致指数が0.59と高水準だ。外国人に昇進の機会が開かれ、高い賃金を得るチャンスも多いことが人材を引き寄せる。米国の時間あたり生産性は71.5ドルとスウェーデンも上回る。
人材獲得に貪欲な米国はロシアからの頭脳流出も見逃さない。バイデン大統領はウクライナ侵攻開始後の3月、すかさず高学歴のロシア人がビザを取得しやすくなるよう議会に関連法の改正を要請した。安全保障上のリスクを考慮しつつ、サイバーセキュリティーや人工知能(AI)などの専門家を呼び込む狙いだ。
移民流入の好影響は研究が裏付ける。米カリフォルニア大デービス校の研究者らによると、高度な技能や知識を持つ移民の割合が1ポイント増えた都市では大卒労働者の賃金が7~8%上昇した。ジョバンニ・ペリ教授は「人材誘致が地域全体の成長に波及する」と話す。
ペリ教授によると米国ではSTEM(科学・技術・工学・数学)分野の大学卒業生の約3割を外国人が占め「質の高いアイデアを生み出す力につながっている」。
「米ITに対抗」
世界で激しさを増す人材獲得競争で日本は生き残れるのか。現状は心もとない。OECDによる高度人材の誘致指数は0.5。先進国平均を0.04ポイント下回り33カ国中で25位に沈む。人口減少に直面し外国人材の活用を掲げながら、誘致策が中途半端なままでは成長の担い手を取り逃がす。
国が後手に回る一方で民間は動く。
仮想オフィスを企業に提供するoVice(オヴィス、石川県七尾市)は2020年の設立後、顧客企業が2000社超まで増え、従業員数も100人規模になった。急速な社員増を支えるのは全体の約3割を占める「越境ワーカー」。米国や韓国、チュニジアなど海外で暮らす完全リモートワークの社員だ。
韓国生まれで日本で起業したジョン・セーヒョン最高経営責任者(CEO)は国境に縛られない。成長への道筋を示し働きがいのある環境を提供すれば「採用競争で米国の大手IT企業にも対抗できる」と話す。
成長への針路を探る連載「成長の未来図」第2部では、人材の獲得・育成を巡って激しさを増す競争の行方を追う。


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