https://www.nikkei.com/article/DGKKZO62233330R00C22A7MY6000/
読書家としての原点は、故郷・徳島で送った10代の寮生活だった。
中学を出た後、地元の阿南工業高等専門学校に進んで電気工学を学びました。「自分は理系向き」と自覚し、早めに専門的な勉強がしたかったのです。全寮制で消灯は夜11時。自然と読書の習慣が身につきました。自分はどんな人間なのか。何を見聞きしても揺るがない「心の背骨」をいかに見つけるか。答えを本の中に探しました。
ジャンルを問わず乱読したなかに『塩狩峠』がありました。主人公の鉄道職員の青年は、幼い頃は嫌っていたキリスト教に入信します。ある日、婚約者に会いに行くため乗り込んだ列車が峠で機関車から離れ、暴走し始めたのを止めようと、線路に身を投げ出します。「無償の愛」と言いますが、そこまで自分を律することができるものかと、宗教の力が印象に残りました。
この本にも出てきますが、聖書に「一粒の麦、地に落ちて死なずば、唯一つにて在らん、もし死なば、多くの果(み)を結ぶべし」という一節があります。そんな一生を送れば、志が残るんだと感じ入りました。一般教養をもっと身につけたいと思い直し、高専を3年で中退して徳島大に進みました。
日立製作所に入社し、社会インフラのシステム設計を担当した。
配属された茨城県の大みか工場で、工場長から「たった一度の人生をいかさなかったら生まれてきたかいがない」と小説『路傍の石』の一節で発破をかけられました。よし、自分を伸ばしてやろうと、仕事に打ち込みました。
米留学から戻り、35歳で課長に昇進しました。証券取引所や鉄道のシステム開発に携わり、多いときは300人ほどの部下を持ちました。チームをどう動かせばいいか、手探りするなかで読んだのが『7つの習慣』『人を動かす』の2冊です。部下に自分を見せるには、まず自分が主体的に変わらないといけない。大きなプロジェクトにはトラブルがつきものですが、部下をしゅんとさせず、君はもっと力を発揮できるよと前向きに引っ張っていく。マネジメントに非常に役立ちました。
座右の書に出会ったのは、40代も後半に差し掛かってからだ。
あの時期に人間学や東洋哲学にのめり込んだのは先輩の影響でした。「君が出世したときに大事なのは人徳」とおっしゃり、自分で研究していたメモをどさっと手渡されました。その中に頻出したのが安岡正篤の言葉でした。興味を抱いて著作を手に取りましたが、1冊あげるなら『知命と立命』です。
人が天から与えられた能力を自覚するのが「知命」、それを存分に発揮するのが「立命」。2つを懸命に実践していけば、受け身の「宿命」を、自分で切り開く「運命」に変えることができる。かみ砕いてそう理解しました。
10年ほどがすぎた2013年の暮れ、会長だった川村隆さん、社長の故中西宏明さんから「次の社長をやれ」と言われました。なぜ自分なのか、と戸惑った次の瞬間、日立の現場の力を一番よく知っているのは自分であり、現場の声を経営に生かす社長になればいいんだ、と思いました。これは宿命ではなく運命だ、と腹をくくって引き受けられたのは、この本のおかげです。
歴史を学ぶ大切さを説く。
新型コロナウイルス禍やロシアのウクライナ侵攻など、いまは先が見通せない時代です。最近、何か起きたときに必ずひもとくのが『サピエンス全史』と『哲学と宗教全史』。前者は科学的に、後者は宗教と哲学から、人類の歴史を解説しています。
経営もそうですが、問題が起きれば、類似の事例を見つけて参考にしたい。歴史の中にそれがあって、後にどういうストーリーが進行したのかを意識しておけば、実際に起きることが思った通りだったにせよ、想定外だったにせよ、考えが深まります。
43歳のときに思い切って生活を変えました。毎朝4時半に起床し、2時間を読書に充てる毎日をもう25年近く続けています。その後、散歩をしながら頭の中で内容を反すうし、帰ったら要点をわーっとノートに書き出すのです。一生学び続けたいと思いますが、私にとっては読書がそのツールです。

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