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[FT]ナイル川のハウスボート カイロ再開発で立ち退き

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB305T40Q2A630C2000000

だが、25年間暮らしてきた青と白の木造の船の中はめちゃくちゃに散らかっている。

 

もうすぐ88歳になるヘルミさんは、突然、立ち退きを迫られ、取り乱している。政府は先週、近隣30軒ほどのハウスボートに暮らす住民に対し、10日以内に退去するよう命じた。当局は川岸一帯を開発し、カフェや商業施設が立ち並ぶレジャー地区にしたいと考えている。

退去命令に「どこに行けばいいのか」

「私はハウスボートで生まれ、結婚した時に初めて家を出た」とヘルミさんは話す。「でも、アパートで暮らしてみると耐えられなかった。夫もアパート生活が気に入らなかったので、不動産を売って、このハウスボートを買った。けれど夫は一緒にここに引っ越すまで長生きできなかった。これからどうすればいいのか、どこへ行けばいいのか分からない」。ヘルミさんは、悲しみのあまり2日間で体重が6キロ減ったという。

エジプト文化において知られた存在で、有名な小説や映画によく登場するハウスボートの撤去は、開発の名の下に歴史的遺産や緑地が破壊されると多くの人が懸念している首都の大きな変化の一つだ。密集した都市の渋滞緩和を目指す主要幹線道路は、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産に登録された歴史ある墓地「死者の町」を突っ切ることになる。そして、レストランやガソリンスタンドが、すでに公共の公園が著しく不足している人口2000万人の大都市圏の貴重な緑地を飲み込んでいく。

「1900年以降のカイロ:建築ガイド」と題した著作がある歴史学者、モハメド・エルシャヘド氏は「ハウスボートは19世紀半ばに始まった独特の建築様式だ」と語る。「ピーク時にはカイロの川岸の至るところに300軒のハウスボートがあった。66年に集約されて以来、今では一カ所だけとなった。ハウスボートは消滅の危機に瀕(ひん)している」

2020年に「設置禁止」を決定

ハウスボートの住人は、事前の通告がほとんどないまま、補償も無しに退去を強いられていると話す。ナイル川の保護を担当する政府高官、アイマン・アンワル氏は先週、テレビ局「MBCエジプト」のインタビューで、ナイル川に居住用のボートを設置してはならないとする決定は2020年に下されたと語った。

「居住用のボートは、運輸当局から認可を取り消されている壊れかけた1978年式の自動車のようなものだ」と同氏は述べた。「所有者は係留の許可も認可も得ていない。(だが、所有者は)断固として国と争おうとしている。これは許されない」

開発計画は曖昧で「すべてが口約束」

大学で経営学を学んだフランス系エジプト人、ジェローム・ガイエルさんは、家族のハウスボートを1920年代風に復元し、民泊仲介大手「エアビーアンドビー」のゲストを受け入れるために、欧州での仕事を辞めた。開発には反対ではないが、計画が曖昧で期限が決まっておらず、「すべてが口約束」だと語る。そのため認可を再申請するコストを計算することができない。

ハウスボートはエジプト文化においてもはや欠かすことができない存在だと指摘する人もいる。ノーベル文学賞を受賞したエジプト人作家で、かつてハウスボートで暮らしたことがある故ナギーブ・マフフーズ氏の代表作の一つに数えられる作品「ナイルに漂う(Adrift on the Nile)」はハウスボートが舞台となっている。

「ハウスボートはエジプト近代史の重要な一部だ」。エジプトの歴史・遺跡定期刊行誌ラウィの発行人、ヤスミン・ドルガミー氏は強調する。「しかし、このように静かな魅力はあるがお金にならないものは、商業施設に場所を譲るために取り壊されつつある」

By Heba Saleh