60代、地方「都市」移住で生活費減らそう 人生100年こわくない・資産活用で笑おう(野尻哲史)

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB154FU0V10C22A6000000

 

フィンウェル研究所では、60代の生活の実情を聞く「60代6000人」アンケートを2022年2月初旬に実施した。その設問の柱のひとつが資産寿命の延命策だ。「保有している資産(金融資産と不動産)で自分の寿命をカバーできるか」と聞いたところ、17.9%が「十分できる」、51.9%が「なんとかギリギリ足りる」と回答した。「まったく足りない」と回答した人は30.2%。60代の7割が、程度の差はあるものの「寿命をカバーできる」資産があると回答しているわけだが、にわかには信じられない。

保有資産額の平均は2695万8000円で、年間生活費の平均が368万7000円。単純に考えれば7.3年分にしかならない。もちろん勤労収入もあり、年金収入もあるはずだ。しかし、それにしても心もとない。

せつない食費の切り詰め

1つの可能性は、今後の生活コスト切り下げだろう。アンケートで資産を保有している5399人に資産寿命延命策を聞いたところ、「生活費を切り詰める」31.8%、「長く働く」28.9%、「資産運用」18.2%の順だった。頼りは生活費の切り詰めということだが、その具体策は3分の1が「食費を切り詰める」という。退職後、生活費削減のために食費を切り詰めるというのはかなり切ないことではないか。

もし保有している資産のチカラを過大評価しているのであれば、早めに対策を打つ必要がある。そこで考えるべきは「退職したら地方都市に移住して生活する」という包括的な生活費削減策だ。田舎の一軒家とかログハウス生活といった田舎暮らしではなく、地方"都市"への移住で生活費を削らすアイデアだ。

東京、大阪、名古屋といった大都市では生活費が相対的に高くなる。地方都市に移り住めば、消費者物価が3~5%低くなるし、家賃に至っては半分以下になる。もちろん移住しても楽しい生活を確保できなければ意味がないから、「生活費は落としても、生活水準は落とさない」ことが肝要ではある。

60代の6人に1人が移住検討

実は多くの60代が地方都市移住を検討している。今回のアンケートでは東京、大阪、名古屋に住む2131人に地方都市への移住について聞いてみた。「現在移住を検討中」と回答した人は11.2%、「移住を検討したが諦めた」人は5.8%で、合わせると「検討したこと」のある人は17.0%となり、6人に1人が地方都市移住を検討していた。

また実際に移住した440人にも移住の評価を聞いた。結果は75.9%が「良かった」と回答し、そう評価した理由として一番多く挙げたのが「生活費の削減」(複数回答可で42.8%)だった。また「思ったほど良くなかった」と回答した人も、その理由として42.5%の人が「思ったほど生活費が下がらなかった」ことを挙げている。地方都市移住の評価の鍵は、生活費の削減にある。「生活水準を落とさずに、生活費を落とすこと」が成否を決めているわけだ。

そこでどの都市が退職後の移住先として評価できるかを、5つの数値を使って分析してみよう。まずは「生活水準を落とさない」ための3つの指標だ。

「60代6000人アンケート」の回答者6486人は、実はすべて都市生活者だ。人口30万人以上の都道府県庁所在地34都市に住む人たちで、そのうち東京・大阪・名古屋を除く31都市の居住者ごとに、都市の評価軸となる2つの設問を分析した。

1つは「推奨度」で、「退職後の生活する都市として自分の住んでいる都市を他の人に推奨するか」という設問を設け、「やめた方がよい」の0点から「ぜひ移住すべきだ」の10点までの評価をしてもらった。都市ごとにその平均値を算出している。もう一つは「満足度」で、前々回のこの欄で紹介した生活全般の満足度を「満足している」の5点から「満足していない」の1点までの5点満点で評価し、こちらも都市ごとに集計した。

上の図表に推奨度と満足度をプロットしてみたが、不思議なことに推奨度の高い都市は、満足度ではそれほど高くない(逆も同様)という傾向がみられる。満足度は資産水準や人間関係・健康水準などパーソナルな部分がその決定要因になっており、推奨度はもう少し客観的に評価しているのかもしれない。

3つ目は、移住後の生活の質を評価する方法だ。一様でもなく、単純でもないが、人口の集積度がひとつのカギを握るのではないかと考える。例えば、人口密度が高いほど狭いエリアに商業施設や行政施設が集積していることになり、都市のコンパクトさを示す指数になるだろう。そうした都市なら車がなくても病院や市役所などに行きやすく、デパートなどでの買い物、映画や劇場などの娯楽施設の利用も便利になるはずだ。

次は「生活費を落とす」という視点からの2つの数値だ。地方都市移住の成否は生活費の削減にかかっているため、消費者物価と家賃の都市別比較を行った。総務省統計局の「小売物価統計調査(構造編)の年報」から、全国平均を基準とした10大費目別(家賃を除く)の都道府県庁所在地の消費者地域差指数を使い、東京23区との比較水準を算出したのが、下の図表にある消費者物価地域差指数だ。さらに生活費の大きな部分を占める住居費も、民営家賃の水準を小売物価統計調査から東京23区と比較した家賃指数を作った。

移住先選びは「楽しさ」重視

この図表は、移住候補地リストの上位10都市を示している。推奨度、満足度の他に人口密度、消費者物価、家賃指数をそれぞれに上位10都市をレンジ1、次の10都市をレンジ2、最後の11都市をレンジ3としてランク付けし、総合評価を行った結果を示している。あくまで参考値でしかないが、こうした整理をしてみると、地方都市移住の意味や自分に何が大切かが見てくるのではないだろうか。

実際に移住するとなれば1つしか選べない。最後に改めて60代の視点で住んでいる都市の「良い点」を挙げてもらったデータを見てみよう。人口100万人以上の都市では、都市の良い点は行政サービスや交通の便など「都市機能」を評価する点が強くなる。一方30万~100万人都市では、生活費の低さの他に、おいしい食べ物、気候や風光明媚(めいび)さといった「楽しさ」に評価ポイントが置かれている。

移住先を考えるにあたっては、こうしたランキングに表れる数値の他に、自身の志向、満足度の源泉を参考にすることをおすすめする。