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「ずっとやりたいと思っていたことがかなった」。東京都江戸川区の住宅街で自家製チーズケーキが人気のカフェを経営する服部二三江さん(61)はいきいきとした表情でそう話す。2021年10月に開店。平日の昼間でも周辺住民の主婦仲間や老夫婦、自宅への持ち帰り客などでにぎわう。
■未知の分野は高リスク
短大卒業後は58歳まで警備会社などで経理事務の仕事をしてきた。定年直前に退職したことや、母が亡くなったことを機に一念発起。姉など家族には「なに考えているの」と言われたが、店舗探しや資金確保などで相談できる先は当初思っていたよりも多かった。
「人生100年時代」といわれるなか、企業などを退職したあとも働き続けたいと考える人は多い。内閣府が21~22年に実施した調査によると55~69歳の男性の6割、女性の5割が70歳のときに働いていることが「理想」と答えている。
一方、働き続けられるのは65歳までなどに限られる。ハローワークが紹介している仕事も60歳を過ぎると他の年代に比べできる範囲は小さくなる。経済的な理由だけでなく、自己実現をかなえるための起業は一つの選択肢になり得る。
日本シニア起業支援機構(東京・中央)の松井武久代表理事は「まったく経験がない分野での起業はハードルが高い。趣味や前職での経験を生かすのが一番」と話す。同機構で支援したものでは衣服のリメークや紙芝居教室など趣味を展開させたものに成功例が多いという。
ソニー出身者が通信制御系ソフトウエア企業と協力して地域防災クラウドサービスを事業化した例もある。水害の恐れがある場所の電柱などに水位計を装着し冠水深をモニタリングできるものだ。松井代表理事は「複数の人が集まってそれぞれが持つノウハウを共有することで可能性は広がる」と話す。
■資金支援やセミナーも
起業するうえで必要なのが開業資金。自宅の空いたスペースを使うような小規模な起業であれば貯蓄などでまかなうこともできるが、新しく仕事場を持つのであれば融資や補助金を活用するのもありだ。
日本政策金融公庫は55歳以上を対象に特別利率で開業資金を融資している。7200万円(うち運転資金4800万円)を上限に、事業開始時やそのあとに必要になる設備資金などとして利用できる。融資後に利益率などに関する一定の目標に達すれば利率を0.2%引き下げる目標達成型金利もある。
大手食品会社に勤務していた60代の男性は日本公庫の融資を活用。農家や食品業界とのつながりを生かしてどら焼きなどを提供するカフェを開いた。内閣府は都道府県を通じ東京圏以外の地域などへの移住や起業に支援金を出している。起業の場合は最大200万円の補助が受けられる。
資金面以外の課題でも相談できる先は多い。起業支援の銀座セカンドライフ(東京・中央)は事業計画についての相談を受け付け、起業に関心がある人に向けたセミナーを開いている。カフェを起業した服部さんも起業支援サービスを提供する企業のセミナーに参加し、「とんとん拍子で起業できた」という。
■収益と共にやりがい重要
シニア起業支援機構の松井代表理事は「純粋に収入源を確保するためだけに起業することはあまりおすすめできない」と話す。会社を経営して従業員を抱えることにはリスクが伴う。規模が大きくなればなるほど個人情報保護やコンプライアンスなど学ばなければいけないことも多くなる。
服部さんも「自分がやりがいを感じられることの実現を一番の目的にしたほうがいい」と忠告する。テナント探しの際、駅から近く希望の倍以上の広さの物件を紹介されたこともあったが、最終的には駅からバスに乗って行く場所に最大で十数席の店を開いた。「地域の人たちの憩いの場を目指しているので、正しい選択だった」と振り返る。

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