熱波があおる貧困・紛争 ライフ・アンド・アーツ・コラムニスト サイモン・クーパー

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO62121260Y2A620C2TCR000/

 

1週間以上にわたり、日中の最高気温が40度か40度近くで推移した(なお、英国の観測史上最高気温は38.7度だ)。

夜になると、暑さで息を詰まらせるより騒がしい外音のほうがましだと思い、扇風機を回し、窓を開けて寝た。

マドリードの街は生産性が落ち、楽しさが薄れた。徒歩10分の移動が長すぎるように感じ、子供の通う学校は午後に閉鎖され、子供のサッカーの試合が中止された。弱い人は亡くなった。スペインでは近年、熱波によって毎年1500~1700人が死亡する。

 

 

 

酷暑に苦しんでいるのはスペインだけではない。熱波と干ばつは西欧と米国の大部分を襲っており、数十カ所の気象観測所で史上最高となる日中気温を記録している。

米国のネバダ州とアリゾナ州では、全米最大の貯水湖であるミード湖の水位が過去最低まで下がり、2500万人近い米国人への飲料水の供給が危ぶまれている。米国は5月にも似たような熱波を経験したばかりだ。

全世界の熱波による死者数は、寒波による死者数の減少を上回るほど増加すると予想されている。気候変動で熱波がさらに頻発するようになった今、我々はどう対処すべきなのか。また、対処できない場所はどこなのだろうか。

豊かな国は徐々に適応してきた。劇作家のアーサー・ミラーは戦前の米ニューヨークの夏を振り返り、家族が外の非常階段で下着のまま寝たり、目覚まし時計を持ってセントラルパークで野営したりしたと回想している。そこへエアコンが登場した。

欧州が適応し始めたのは、2003年の熱波で7万人以上が死亡した後のことだ。死者の大半が高齢者で、一部は自宅で独り、誰にも気づかれないまま腐敗した。

各国は体調に注意を促す警報を出し始め、地域の公共施設などに涼をとれる「クーリングセンター」を開設した。また、都市部のコンクリートを樹木に置き換え、様子を確認するために高齢者を訪問するようになった。

スペインでは以来、気温が一定レベルに達しても死亡する人は減った。運に恵まれ、対策が奏功すれば、相対的に涼しい欧州は将来最も安泰な大陸になるかもしれない。とはいえ、これは安心の材料にはならない。

米ニューヨーク大学の教授で、故郷のシカゴで1995年に739人の死者を出した悲惨な熱波に関する著書「ヒート・ウェイブ」があるエリック・クライネンバーグ氏は、「米国は大きく後れをとっている」と指摘する。

気候変動に適応するには、エアコンを設置するだけでは不十分で、社会そのものも熱波に対応する必要があると言う。「米国のインフラは、より暑く、より雨が多くなりつつある状況に対応できていない」と同氏は話す。

熱波が長くなるにつれ、米国はいずれ何週間も熱波が続くようになる。クライネンバーグ氏は、それが起きた時、米国の老朽化した配電網は需要増加に対処できないかもしれないと指摘する。

配電網が故障すると、食べ物が腐り、高層マンションの住民はエレベーターが使えなくなるため建物に閉じ込められる恐れがあり、6階以上の高層階に暮らす人にはポンプで水を送れなくなる。

 

 

 

大半の引っ越しは国際的な移住ではなく、国内で起きる。そしてクライネンバーグ氏は、米国人は次第に米国内の涼しい地域へ移住するようになると予想している。

もっとも予測不能な引っ越しもある。筆者が知るある年配夫婦は、コロラド州の自宅が山火事で焼け落ちた後、熱波や山火事が頻発するカリフォルニア州南部で事実上ホームレスのような暮らしを送っている。

米国では1960年代以降、「サンベルト」と呼ばれる気候が温暖な米国南東・南西部に大量に人が流入したが、その流れは逆転し始めるかもしれない。一方、住宅価格が下落している暑い地域はスラム化するかもしれない。

だが、最も強い影響を受けるのは、より気温が高く、貧しい発展途上国だ。現在、世界人口の大半は熱帯もしくは亜熱帯に暮らしている。人間が生存できる限界の温度は、測定した気温と湿度を組み合わせて計算する、「湿球温度」でセ氏35度が限界だ。

国連の国際移住機関(IOM)の推計では、1年で最も暑い月に日陰の気温が平均38~45度の地域に暮らす人は現在、100万人に満たない。

この数字は、2021年の第26回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)で目標とした、世界の平均気温上昇を1.5度に抑えることを達成できたとしても、2100年までに3000万~6000万人に増える見込みだ。

人類はおそらく気温上昇を1.5度には抑えられないだろう。この目標達成にはまず炭素排出量を2030年までにほぼ半減しなければならないが、排出量は実際には過去最高水準まで増加している。

IOMの予測を使うと、むしろ可能性が高いのは、2100年には数億人が住めない場所で身動きがとれなくなっている事態に陥ることだ。その中心地は西アフリカと中東湾岸、そして南アジアだ。最近、インドとパキスタンがそれぞれ空前の熱波を記録している。

豊かな国へ逃れられる気候変動の被災者は極めて少ないだろう。先進国はソフトウエア開発者や看護師の移民を採用し続ける一方で、国境警備にハイテク技術を導入し、貧困のどん底にいる人の入国阻止を図っている。

 

 

 

暑さで死ぬ人はさらに増えていくだろう。我々は干ばつが派閥間の暴力的な紛争をあおってきた様子を、スーダンのダルフール、中東のシリア、西アフリカのマリで目の当たりにしてきた。

クライネンバーグ氏は、既存のエネルギー供給システムを、今では格段に安くなった再生可能エネルギーに刷新できる政治的、技術的革新に期待している。一方で、「これは気候変動による影響の始まりにすぎない。初期の段階を経験しているところだ」とくぎを刺す。