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三井物産会長 安永竜夫(3) ニックネーム入りのヘルメット

商社の仕事は信頼できるパートナーと案件に取り組むことが基本だ。僕は多くの素晴らしい経営者に出会ったが、米国人には魅力にあふれた人物が多い。

 

米ペンスキー・コーポレーションのロジャー・ペンスキー会長はそのひとり。米最高峰の自動車レース「インディカー・シリーズ」のオーナーでもある。お付き合いはトラックリース会社の共同買収がきっかけ。会った瞬間から意気投合し、公私にわたり10年以上親交がある。

ある日、ロジャーにラスベガスのレーシングコースに誘われた。レースカーに乗せてくれるのかと思っていると、そこには一人乗りのカート。クラッチもついた本格仕様だ。かなりのスピードが出るので僕のヘルメットを用意してくれていた。マニュアル運転なんて数十年ぶり。エンストする僕を見て笑う彼。忘れられないひとときだ。

バイザーには「ヤス・ヤスナガ」とあしらってくれた。「タツオ」じゃないのは間違いではない。1993年に出向した世界銀行でファーストネームの「T」にちなんで「テッド」「テリー」にしようと提案されたがどうも気に入らない。日本でのあだ名「ヤス」にしてもらった。名刺も「Tatsuo(Yasu)Yasunaga」だ。

「ヤス、まあそう怒るなよ」。そう言わんばかりに、交渉中の僕の似顔絵をサラサラっと描いて渡してきたのが、ゼネラル・エレクトリック(GE)を率いたジェフ・イメルト会長(当時)だ。僕が本部長時代、両社は厳しい交渉に臨んでいた。

「ミツイが利益を守ろうと、きちんと交渉する姿勢は理解できる。我々もしっかり交渉していかないと」。ジェフは部下にこう話していたそうだ。対等な関係で向き合ってくれていた。僕が社長になるとジェフは「ミツイ、GE、仲良く」といった趣旨の落書きをくれた。余談だが、彼の似顔絵はなかなか味がある。

世代交代しても社長同士が互いに尊敬し合う関係を築き続け、両社の歴史を連綿と紡ぐ。それをベースに新しい仕事を作る。このエコシステムを広げ深めていけばビジネスを成長させる基盤になっていくのだ。