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食料危機の行方(中) 供給網の綻び、混乱拡大招く 三石誠司・宮城大学教授

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO61975720T20C22A6KE8000/

 

日本でも食料安全保障に関する関心が高まっている。本稿では穀物や植物油の原料となる油糧種子のフードシステムの観点から検討したい。

 

農地の準備、施肥、播種(はしゅ)、生育、収穫という一連の流れは多くの農産物に共通だ。だが現実の穀物・油糧種子には品目ごとに異なる最終需要に対応したグローバルフードシステムが構築されている。例えばコメ、小麦、トウモロコシ、大豆は最終用途に応じた形、大きくは食用・食品用、飼料用、工業用、搾油用など個別のフードシステムの中で動く(図参照)。

このうち日本が最も大きく関わるフードシステムはコメだ。現在、世界のコメはほぼ全量(生産量約5億トン、精米ベース)が食用であり、アジア各国の主食だ。生産から最終消費に至るまでコメは地域完結が大半のため、少なくとも短期的にはロシアのウクライナ侵攻による物流の混乱などの影響はそれほど大きくない。全品目に共通する肥料、輸送(陸上・海上)、保険などは影響を受けるが、アジアの多くの国ではコメに関する限り、まだそれほど深刻な影響は生じていない。

第2のフードシステムは小麦だ。欧米、中東、アフリカやアジアの一部では主食だ。特にウクライナの小麦輸出減産の影響を受けるのは、主食を輸入に依存する北アフリカ諸国だろう。

小麦には北米(米国・カナダ)、オーストラリア、欧州連合(EU)という大産地があり、複数の代替輸送経路が確立している。需要集中で価格は高くなるものの、少なくとも年内は購買力のある国々は何とか乗り切れる可能性が高い。

問題は、途上国かつ小麦をウクライナから黒海・地中海ルートで輸入していた国々だ。基本的な食料が不足した場合、人々の生活が立ち行かなくなり、社会不安につながる。冒頭の国連声明はまさにこの点を指摘しており、目前に迫る危機とは先進国よりも主食の小麦をウクライナからの輸入に依存する途上国を指す。ここまでがいわば目に見える短期的な影響である。

第3のフードシステムはトウモロコシだ。こちらは米国が鍵を握る。米国の生産量の約4割は米国内の食品・種子・工業用需要に仕向けられ、工業用需要のほぼすべてがエタノール生産用、つまり工業原料だ。米国内畜産飼料用がさらに国内生産量の約4割を占め、輸出に回るのは生産量の2割にすぎない。それを各国が競合して輸入している。

米国のトウモロコシは長期にわたる品種改良と生産性向上で国内需要を大幅に上回る生産が継続し、余剰分が各国に競争力ある価格で輸出されてきた。生産量が安定する限り同水準の輸出は継続されるだろうが、エタノール原料としての国内需要への対応を維持する必要から、輸出はあくまで余剰分相当という位置づけに変化しているはずだ。

他の特徴は、畜産飼料用が食肉生産の大動脈である点だ。米国内に限らず日本を含む多くの国がトウモロコシを輸入するのは畜産飼料用、つまり食肉生産のためだ。ここに現代の食生活と密接に結びついたグローバルフードシステムの重要な側面が凝縮されている。

ウクライナのトウモロコシ生産は近年急増し、2021年は生産量4200万トンのうち、2300万トンが中国など近隣諸国に輸出されたが、それは家畜飼料用需要への対応だ。22年の輸出は900万トンに激減する見込みで、相当分は他国からの調達にシフトする。

第4のフードシステムは大豆だ。端的にいえば、南米ブラジルとアルゼンチンから中国への大豆パイプラインに相当する。大豆は中国が原産であり、現在でも中国では年間1700万トン前後が生産されている。

だが経済成長に伴う生活水準向上は植物油需要と食肉需要を急速に増加させ、現在の中国では大豆を含む油糧種子の年間搾油数量が1億3千万トンを超える。大豆輸入は日本の30倍、9900万トンが見込まれる。もちろん、搾油後の大豆かすはタンパク質原料として畜産飼料用に用いられる。

なお南米の大豆生産が急増した背景は、1990年代後半に遺伝子組み換え品種が導入されたことも大きい。かつて日本が開発の先べんをつけたブラジルのセラード地域やその他の未開発地域で、過去30年間で急速に大規模低コスト生産が拡大した結果、22年のブラジル産大豆は1億4900万トン、アルゼンチンは5100万トンが見込まれる。

世界の食肉生産は、61年の7100万トンから18年には3億4200万トンに拡大している。最大の特徴は、米国・EU・ブラジルの伸び以上に、中国の伸びがすさまじい点だ。食肉生産量で中国が米国を抜いたのは90年、EUを抜いたのは94年だが、その後もペースは衰えず、18年には年間8800万トンに達している。

数量とともに注意すべきは畜種だ。一般に中国で肉といえば豚肉であり、現在でも年間5500万トンの水準は世界一の豚肉生産・消費国だが、家禽(かきん)肉の生産量2千万トン(生体ベース)も既に世界1位だ。家禽肉輸入は今は日本が約100万トンで1位だが、遠からず抜かれるだろう。

90年代以降、衣食住の多くの部分がグローバル化の影響を受けた。グローバルソーシング(世界最適調達)の名のもと、世界中から原材料が調達されてきた。だが農産物のグローバルサプライチェーン(供給網)は、共通プラットフォームとしての農地、肥料、労働力、そして消費地への移動に不可欠な輸送手段(陸上・海上・貨車・コンテナ)および融通の効く決済手段などがすべて順調に機能してこそ効果が発揮される。

大規模農業生産を支える肥料原料の輸入先が特定国に偏在し、輸送手段もままならぬ状況になると、使用可能ルートに需要が集中する。今は小麦が注目されているが、今後の生育次第ではトウモロコシに影響が生じ、半年後の北半球の小麦、南米の大豆の作付けに十分な肥料が手当て可能かどうか、これが次の試練となる。そこまでに状況が改善しなければ、本来は別であるコメのフードシステムへの影響も無視できなくなる。

日本は広がりすぎたグローバルサプライチェーンを再考する必要がある。調達コストだけでなく、必須資源の分布やカントリーリスク、国産農産物の増産可能性などを併せて考慮し、人口減少社会の現実に合わせた形にフードシステム全体を縮小・再構築すべきだ。

目が届き、管理可能なレベルであれば不測の事態における軌道修正も容易になる。これはいきなり白を黒に、あるいはグローバルからローカルにではなく、一定の時間をかけて達成可能な形で、ただし確実かつ継続的に追求すべきである。

それには、どこで何がどの順番でいかなる影響を受けるか、ボトルネックは何か、目の前の騒動に右往左往せずに中長期的な視野のもと「食の確保」をどうするか、再検討と再構築を進めるべきタイミングだろう。