ベイビー・ブローカー 人間喜劇に深遠な問い

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO62007840U2A620C2BE0P00/

 

舞台は韓国で、スタッフ、キャストをほぼ完全に韓国人で固めながら、家族とは何かという自身の最大のテーマをいっそう深く掘りさげた意欲作である。

ある土砂降りの夜、若い女ソヨン(イ・ジウン)が、教会の〈赤ちゃんポスト〉の前に赤ん坊を置きざりにする。すると、教会で働く青年ドンス(カン・ドンウォン)と、クリーニング店を営む中年男サンヒョン(ソン・ガンホ)が、その赤ん坊をこっそりと連れさる。彼らは赤ん坊を欲しがる人々に転売するベイビー・ブローカーなのだ。

ところが、思い直したソヨンが教会に行くと、赤ん坊がいないため、警察に通報しようとする。それに気づいたドンスとサンヒョンは彼女に事実をうち明け、赤ん坊に良い養父母を見つけてやるのだと言い訳する。その結果、3人は赤ちゃんの欲しい養父母と会って交渉するため、一緒に車で旅をする羽目になる。

一方、サンヒョンとドンスを見張っている2人の女がいた。刑事のコンビ(ペ・ドゥナ、イ・ジュヨン)である。2人の女刑事はサンヒョンらを現行犯逮捕するため、執拗に追跡していくのだが……。

新たな家族のドラマの誕生だ。「万引き家族」という傑作のあとでも、なおこの主題を追求し、さらなる人間喜劇を切り開いた是枝監督の真摯な情熱を賞賛したい。

その情熱に応えた韓国人役者たちが素晴らしい。カンヌ国際映画祭で最優秀男優賞を獲得したソン・ガンホの茫洋(ぼうよう)とした個性は唯一無二だが、長身のカン・ドンウォンが阿部寛のようなでくのぼうの哀(かな)しみを滲(にじ)ませるのは、是枝裕和の演出ならではだ。

人身売買という危うい題材を扱いながら、人はひとつひとつの生命にいかに向きあうべきか、という深遠な問いへ徐々に接近していくプロセスに確かな説得力がある。

脚本も、ブローカーの旅と警察の捜査を二重構造にしてサスペンスを醸成し、着地点を最後まで引っぱる。エンタテインメントとして申し分ない。本年必見の一作である。

 

2時間10分。

(映画評論家 中条 省平)