各国中央銀行は10年来、インフレ退治に成功し、近年ではマイナス金利政策にさえ踏み切ってきた。ところが最近になり、突如インフレが加速している。世界では2022年の消費者物価上昇率が8%前後になる見込みの国も現れた。当局の楽観的なコメントとは裏腹に、見通しは予断を許さない。
インフレの加速はきわめて危険だ。インフレの抑制には一般的に需要を減らすべきだと考えられ、先進国の中銀は金利の引き上げを視野に入れると発表した。ただ、こうした古典的な政策では、インフレは退治できない。なぜなら世界は需要過多でなく、供給不足に苦しんでいるからだ。
08年の金融危機以降、各国中銀は国家と企業に大盤振る舞いをした。また、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、多くの国で休業を余儀なくされたり、被害を受けたりした企業にさらなる大盤振る舞いをした。この結果、世界経済は史上最大の債務を抱えることになった。膨張した債務は抑制すべきだろう。
世界中で食糧をはじめ生活を支える財とサービスが不足している。具体的には小麦、肥料、水資源、そして太陽光、風力、水力、クリーンな水素などを利用するエネルギー、希少金属の欠乏だ。
一部の国では民主主義を守るための武器が不足している。さらに看護師、医師、教師、介護士、作業員、エンジニアなど、社会に不可欠な人材も世界中で不足している。一方、化石燃料、人工甘味料、農薬、これらを利用する仕事に従事する人材は過剰だ。
このインフレは、貯蓄やマクロ経済スライドしない賃金に税金のように作用する。貧困層の年金や中小零細企業の勤務者の賃金は、消費者物価上昇率と同等には増えず、中産階級はプロレタリア化し、政治的な混乱が発生する。
待つのは継続的なインフレと不況だ。食料価格が高騰する一方で、不動産と株は暴落するだろう。需要を抑制し、食品、エネルギー、医療、教育などへの投資コストを引き上げる政策を実行すれば数億人が餓死し、アフリカ諸国などでは革命が勃発するだろう。
こうした政策は間違っている。早期に明確にすべきなのは、食品、飲料水、交通網、デジタル、教育、医療、安全保障、再生可能エネルギー、そして特に気候変動問題に対する切り札であるクリーンな水素への大規模な投資計画の必要性だ。これら「命の経済」は気候変動だけでなく、飢餓、疫病、無知など、人類が直面するあらゆる脅威を解消する手段を網羅している。
理想は国民総動員体制で命の経済を支えることだ。各国中銀は命の経済の分野に資金が向かうように促す政策を採用し、各国政府は命の経済の財やサービスを生む本格的な計画を導入すべきだろう。例えば、この分野の賃金を大幅に引き上げ、労働体系は一日3交代制で週7日稼働とする。企業は素早くこの分野での活動に取り組んで莫大な需要を享受できる。
消費者は選択的な購入、銀行は融資の選別で対応し、預金者は自らの預金が命の経済のために利用されているかを注視する。有権者はこうした国民総動員体制を提唱する政党に票を投じる。一方、化石燃料、人工甘味料、農薬、さらには有機製品と代替可能な化学肥料を生産または利用する企業への資金提供は大幅に削減すべきだ。
人類史を振り返ると、市場が環境と将来世代のニーズを取り込むのはまれなことだが、この機会を利用すべきだ。21世紀の勝者は、命の経済の分野で最初に頭角を現す国と企業だ。勝者への追随が加速すれば、人類は生き残れる。

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